このたび、本学と兵庫県立人と自然の博物館、岡山理科大学、カールトン大学(カナダ)からなる国際研究チームは、兵庫県丹波篠山市に分布する篠山層群大山下層(ささやまそうぐんおおやましもそう:約1億1000万年前)から、2007年から2008年にかけて発掘された恐竜化石がトリケラトプスに代表される角竜類(つのりゅうるい)の新属新種の恐竜化石であることを解明したことから、9月3日(火)、兵庫県庁において記者会見を行いました。
記者会見には、兵庫県立人と自然の博物館主任研究員で兵庫県立大学自然・環境科学研究所の田中公教准教授と池田忠広教授、岡山理科大学生物地球学部の千葉謙太郎講師と、化石発見者で地質愛好家の足立洌(きよし)氏が出席し、化石発見の経緯から研究成果までの詳細について説明しました。
左から本学の田中准教授、化石発見者の足立氏、岡山理科大学の千葉講師、本学の池田教授
化石発見
丹波篠山市に分布する白亜紀前期・約1億1000万年前の地層・篠山層群大山下層は、これまでにも2006年に体長15m程のタンバティタニス・アミキティアエ(愛称:丹波竜)の化石が発見されるなど、現在も継続的に様々な化石が発見されている国内最大級の恐竜化石産地として知られています。
今回、新属新種の恐竜のものと解明された化石は、2006年に丹波竜の化石が発見された丹波市山南町から東へ約8.5kmのところに位置する丹波篠山市宮田で足立氏により発見されました。
角竜類の化石が発見された場所(丹波篠山市宮田)
化石を発見した足立氏は、2006年に丹波竜の化石を発見した2名のうちの1名です。今回の角竜類の化石の発見について足立氏は、「まさかこのような大ごとになるとは思いもしませんでした。化石の発見は本当に偶然の出来事で、とにかく大変驚いています」とコメントしました。
2007年10月中旬に丹波篠山市宮田で足立氏が化石を発見したのち、2007年11月から12月にかけて足立氏と兵庫県立人と自然の博物館の研究員が現地で予備発掘調査を行い、トカゲ類化石や植物食恐竜のものと思われる化石を発見しました。翌年の2008年5月、当時兵庫県立大学准教授で兵庫県立人と自然の博物館主任研究員だった故・三枝春生博士が中心となっての発掘調査が行われ、その際に化石を含む岩石(宮田ジャケット)を本博物館の「ひとはく恐竜ラボ」に搬入し、プレパレーターと呼ばれる専門の技師によって化石のクリーニング作業が行われました。その結果、発見から約2年経過した2009年までに計3点の化石が見つかり、これらが今回の新属新種の化石となりました。
※プレパレーター(preparator)…化石の適切な保管・管理のために、剖出(ぼうしゅつ)と呼ばれる化石への付着物を取り除くクリーニング作業を専門に行う技師のこと。
さらに研究を進め、追加標本を発見・調査
2009年までに見つかった3点の化石のうち、特に2点の化石からある程度どのような恐竜だったかが推定可能になったといいます。当時、三枝博士は「植物を食べる角竜類で、中でも原始的なネオケラトプス類に接続する化石で、特に中国のアーケオケラトプスと呼ばれる恐竜に最も近縁ではないか」との仮説を立て、2009年11月に本博物館で記者会見を行いました。
しかし、この時点ではそれ以上の詳細は分からなかったことから、三枝博士によってさらに研究が進められましたが、三枝博士は2022年1月に志半ばでご逝去されました。その後、田中准教授、池田教授、千葉講師とカールトン大学カナダ自然博物館のマイケル・ライアン特任教授が三枝博士の遺志と研究を引き継ぎ、三枝博士が研究について記載していたノートを見ながら研究を進め、2023年までにひとはく恐竜ラボに搬入された宮田ジャケットから14点の追加標本を発見しました。
三枝博士が残していたノート
発見された角竜の化石
見つかった化石について
2007年に発見された3点の化石と、その後発見された14点の計17点の化石について、1つひとつ細かく調べたところ、一部重複している箇所はあったものの、ほとんどの化石は1個体分の恐竜に由来するものであることが分かったといいます。また、発見された化石の大半は頭骨(頭の骨)で、その他、四肢動物の肩の部分の骨・鳥口骨(うこうこつ:肩の骨)と脛骨(けいこつ:後ろ足の骨)であることや、体の大きさが全長約80cm・体重約10kgの成長途中の若い個体だったことも分かりました。
さらに、これらの骨をよく観察すると、頬骨に突起があったり、鱗状骨(りんじょうこつ)と呼ばれる骨には突起の間の角度が鋭角に広がっていること、肩の骨にはコブがあるという、この恐竜にしか見られない特徴があったことから、既知の角竜類ではなく新属新種の角竜類で、かつ兵庫県では4例目、国内では13例目となる新属新種の恐竜であるとの研究成果につながりました。
角竜類とは
角竜類は、頭部に大きな角やフリルと呼ばれる大きな襟飾りを持つ植物食恐竜のグループで、後期ジュラ紀から白亜紀終わり頃(約1億6350万年前(誤差100万年)~6600万年前)まで北半球に広く分布していました。代表的なものに北アメリカのトリケラトプスが挙げられますが、最も古い化石は中国に分布する後期ジュラ紀の地層から発見されていることから、角竜類はアジア起源の恐竜だと考えられています。今までの研究では、約1憶2600万年前~約1億年前(前期白亜紀バレミアン期~アルビアン期)のどこかでユーラシア大陸東部から北米大陸に渡っていったとされていました。また、アジア起源の恐竜でトリケラトプスに進化する前の原始的な角竜類は、四足歩行ではなく二足歩行だったとされ、大きな角がなく、襟飾りも小さかったと言われ、主に中国、モンゴル、韓国で発見されていました。
このような中で、2007年に足立氏が丹波篠山市でこの恐竜化石を発見されたことは、当時非常に大きな話題となりました。
三枝博士に献名-ササヤマグノームス・サエグサイ
本研究グループは、この新たに解明された新属新種を「ササヤマグノームス・サエグサイ:Sasayamagnomus saegusai」と命名しました。学名の由来について田中准教授は、「属名の『ササヤマグノームス』には、『篠山の地下に隠された財宝を守る小人』という意味があります。ヨーロッパの民間伝承でたびたび現れるノームと呼ばれる小人の名前からきています。また、足立さんが発見された篠山盆地にある篠山層群は、小型動物の化石が密集している地層であり、まさに地下に隠された財宝なわけです。このような財宝と一緒に発見された小さな恐竜ということで、『ササヤマグノームス』と命名しました。もう1つの名前・種小名『サエグサイ』は、長年、丹波地域の恐竜化石発掘調査などの研究をされてきた三枝春生博士に献名させていただきました。三枝先生がいらっしゃらなければ、この研究も発掘も進められなかったので、これまで兵庫県の恐竜化石の研究をされてきた三枝先生の名前が、この恐竜の名前にふさわしいと思いました」と説明しました。
※属名(ぞくめい)・種小名(しゅしょうめい)…属名は学名の前半部分で生物学上の属の名称。種小名は属名のあとに付ける名称で、その種の特徴を表す。生物学における学名は属名と種小名からなる。
「ササヤマグノームス・サエグサイ」の生体復元画
三枝春生博士
研究成果と今後の研究
研究グループは、ササヤマグノームスがどういう恐竜なのかについてさらに深掘りするために系統解析という手法を使って解析を行いました。その結果、三枝博士が行っていた研究では中国の角竜類に近いと考えられていましたが、ササヤマグノームスはアクイロプスという北アメリカの最古級のネオケラトプス類と非常に近縁であることが分かりました。
また、これまでの研究では、アジア起源の角竜類が北アメリカに渡っていった期間が約1億2600万年前から約1億年前であると言われていましたが、系統解析を行った結果、「角竜類は白亜紀中頃の約1億1000万年前頃から、アジアから北アメリカへ渡り始めたのではないか」という期間の推定範囲の絞り込みに成功したことも今回の研究成果の1つに挙げられます。
系統樹
さらに現在、ユーラシア大陸東部と北米大陸西部は北極圏を境にベーリング海で隔てられ、加えて巨大な氷で覆われていますが、ササヤマグノームスが生息していたと推定される約1億1000万年前は、極端な温暖化によって気温と二酸化炭素の濃度が高まりによって北極圏には氷が存在せずに針葉樹を主とする広大な森林が広がり、ベーリング陸橋と呼ばれる陸橋が形成され、両大陸の動物が行き来可能な環境だったと言われています。このことから研究グループは、「北極圏が地続きになっており、さらにササヤマグノームスのようなアジアの原始的角竜類が高緯度地域まで北上できるだけの植物が生息していたという環境が、ユーラシア大陸から北米大陸へ移動できる原動力になったのではないか」という仮説を今回新たに提示しました。
約1億1000万年前、ユーラシア大陸と北米大陸はベーリング陸橋により地続きだった
今後の課題については2点挙げられるとし、1つは篠山層群では他の角竜類の化石も発見されており、現状これらの正体は不明であることから、これらの角竜類がササヤマグノームスとどういう関係にあったのかについて調査していくこととしています。
もう1つは、同じく篠山層群から白亜紀中頃の恐竜類や両生類、爬虫類、哺乳類などの化石が多数発見されていることから、1つひとつの化石を細かく調べ、アジア東縁部と北米大陸との生物相の類似性や、白亜紀中頃における動物の生息域拡大ルートの調査に関する研究に挑戦していくこととしています。
この研究の中心的役割を担った田中准教授は「足立さんが発見された篠山層群の化石には大きなポテンシャルがあると感じています。7月に発表した新属新種の恐竜『ヒプノヴェナトル・マツバラエトオオエオルム』も今回のササヤマグノームスの化石も、何年も前に見つかったもので、ようやくこの何十年かで研究成果が表に出てきて、同じタイミングで丹波篠山市から発表できたことは喜ばしいことだと思っています。今後、篠山層群の調査を続けていくと新しい恐竜は見つかってくると思うので、今後の研究が非常に楽しみです」と話しています。
また、三枝博士への思いについては、「私自身は3年前に兵庫県立大学・兵庫県立人と自然の博物館に着任し、そこから三枝先生の跡を継ぐ形で研究を進めてきました。期間は短いながらも三枝先生といろいろお話しさせていただき、一緒に研究させていただいたことで非常に成長することができました。三枝先生が亡くなられたあとは、残されていたノートからでしか先生のお考えは分からなくなりましたが、研究グループの4人でノートを見ながら一緒に考えて研究を進めてきた形になります。その結果、この恐竜は新属新種の角竜類だということが分かり、三枝先生の名前を付けることができたことは、私にとって非常に嬉しいことでした」と述べました。
・兵庫県立大学自然・環境科学研究所
・兵庫県立人と自然の博物館
論文情報
【 論文標題 】
A new neoceratopsian (Ornithischia: Ceratopsia) from the Lower Cretaceous Ohyamashimo Formation (Albian), Southwestern Japan
(西南日本の下部白亜系篠山層群大山下層から発見された新たなネオケラトプス類)
【 執筆者 】
田中公教 主任研究員*1、千葉謙太郎 講師*2、池田忠広 主任研究員*1、マイケル・ライアン 特任教授*3
(*1兵庫県立人と自然の博物館・県立大学;*2岡山理科大学;*3カールトン大学・カナダ自然博物館)
【 掲載誌 】
「Papers in Palaeontology」(イギリスの査読付き国際学術雑誌電子版)
COPYRIGHT © UNIVERSITY OF HYOGO. ALL RIGHTS RESERVED.