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「プライマリ・ヘルスケアを基盤としたインドネシアでの地域看護推進活動」森口育子名誉教授登壇・令和7年度外務大臣表彰記念講演会を開催しました

元地域ケア開発研究所 国際地域看護学教授の森口育子名誉教授が、長年にわたりインドネシアにおける国際協力の推進に貢献してきたとして、2025年9月5日付で令和7年度外務大臣表彰を受賞されたのを記念し、12月23日(火)、兵庫県立大学新長田ブランチにおいて、地域ケア開発研究所の主催で「令和7年度外務大臣表彰記念講演会」が行われました。

 

当日の様子

はじめに、森口名誉教授へ花束と記念品の贈呈がありました。

 

続いて、坂下玲子副学長から開会の挨拶がありました。坂下副学長は挨拶の冒頭で森口名誉教授に祝意を表し、「特に、インドネシア・南スラウェシ州のフィールドで、2001年から地域看護推進プロジェクトを計画され、プライマリ・ヘルスケアを推進する人材育成と仕組みづくりを現地の方々と粘り強く進めてこられたことが、今回の受賞につながっているのではないかと思うし、そのモデルは今や、インドネシア全土に広がり、発展していることも素晴らしいことだと思う。森口先生は『すべての人々に健康を』というプライマリ・ヘルスケアの理念を大切にされ、地域住民の主体的な参加と自己決定を尊重されながら活動を広げてこられた。また、このたびの受賞に際しては『長年にわたり、活動を継続できたのは関係者の協力のおかげ』と仰っている。国際協力は1人の力ではなしえない。だからこそ、相手を尊重し、ともに育ち、ともに進んでいくということを、森口先生が実践され、看護の本質を私たちに示してくださったのではないかと思っている」と述べました。

 

ネパールでの家庭訪問による結核予防活動-国際地域看護活動の原点

続いて、森口名誉教授が登壇し、「~プライマリ・ヘルスケアにおけるフロントライン・ヘルスワーカーの重要性~インドネシアでの地域看護推進活動 南スラウェシ州が地域看護のモデル州になるまでの20年」と題し、講演しました。
森口名誉教授は国際地域看護活動の原点について、20代だった1973年から1976年に青年海外協力隊の保健師としてネパールで携わった結核予防活動を挙げ、「活動を行った結核専門病院は、呼吸困難や喀血するなど重症化してから運び込まれる患者ばかりで、入院期間も1か月半と短く、治療費が払えなくなると退院させていた。そして、その患者が村で亡くなったことを知るというケースを数多く経験する中で、『病院の中で患者を待つのではなく、地域に出て、患者を早く発見しないといけないのではないか』と感じた。加えて、ネパールにもBCGがあったので子どもたちにBCGを接種させることと、結核を死病と恐れ、重症にならないと病院に来ない人ばかりだったので、結核に関する正しい知識を身につけるための健康教育が必要と考え、村に泊まり込み、すべての家庭を訪問して結核対策を実施する公衆衛生チームに入った。家庭訪問は非常に時間がかかって非効率的だが、健康教育ができ、子どもにBCGを受けさせることもでき、咳痰が2週間以上続く人に対しては、その場で塗抹検査をして患者を発見するなど、いろいろなことができる。この活動を通じて『こうした活動は、ある意味で日本の保健師活動と共通性があるのではないか』と感じた」と説明しました。

※BCG…結核を予防するためのワクチン。日本では生後5か月から8か月になるまでの接種が推奨されている。
※塗抹検査(とまつけんさ)…結核の検査方法の1つで排菌を調べる検査。痰をガラスに塗り、染色して顕微鏡で観察して菌が見えるかどうかを調べる。

 

地域の実態を浮き彫りにしたプライマリ・ヘルスケアの重要性を実感-インドネシアでの活動

1978年、ネパールから帰国していた森口名誉教授は、世界保健機関(WHO)と国際連合児童基金(UNICEF)が発表した「アルマ・アタ宣言(Declaration of Alma-Ata)」を基礎とし、「2000年までにすべての人に健康を」をスローガンとする理念「プライマリ・ヘルスケア(Primary Health Care: PHC)」に出会いました。「アルマ・アタ宣言にある『健康は基本的な人権であるにも関わらず、先進国と開発途上国の間には明らかな格差がある』ということを、まさに日本とネパールで実感した。不平等は是認できるものではないと、帰国してからネパールのことばかり考えていた。その中で、自分には何ができるのかと考えたとき、格差解消の鍵になるのはプライマリ・ヘルスケアではないかと思った。そして、これは、今後私が活動していくための1つのバックボーンになるものだと感じた」とし、以降、プライマリ・ヘルスケアを基盤とした活動を推進していきました。

 

その中で、1984年から1985年にかけて「JICA(国際協力機構)インドネシア看護教育プロジェクト」における看護教育の専門家としてインドネシア南スラウェシ州のマカッサルに渡航し、看護教員養成校でプライマリ・ヘルスケアを基盤にした地域指向の看護教育を行いました。「当時のインドネシアの看護師たちは、クリニックに来る患者に対し、医師の代わりに薬を渡すだけだった。また、『大きな病院で高度な医療・看護をすること』に憧れており、予防的活動にはあまり関心がなかった。一方で、インドネシアにもプライマリ・ヘルスケアの考え方は入ってきており、政府も地域看護を強化するための政策を進めようとしていた。そこで、プライマリ・ヘルスケアを基盤にした地域指向の看護教育を目指し、学生や教員たちには地域生活の実態を知ってもらうことで、地域看護の重要性を感じて欲しいと考え、スラム地域に出向いて行う地域看護実習を取り入れるとともに、自ら名乗り出た中学校を卒業したばかりの若い世代を対象に、地域で健康問題を改善するための活動をする保健ボランティアを育成した。これらの活動を通じて、保健ボランティアや保健所の看護師、栄養士といった人たちが地域に出ることが大事だと思った」と話しました。

 

国際地域看護の発展のために

また、森口名誉教授は、1996年に兵庫県立看護大学(現:兵庫県立大学看護学部)に教授として着任しました。本学では、大学教育への国際保健・看護の教育の導入と、インドネシアでの地域看護指導者の育成と研究の継続、インドネシアでの経験を生かした国際地域看護の人材育成(大学院設置)を中心に、教育・研究活動に努めました。
中でも、国際地域看護の人材育成への取組の契機となった出来事の1つに、21世紀におけるプライマリ・ヘルスケアの方向性を求めて2000年6月から10月にスイス・ジュネーブにあるWHO本部で短期コンサルタントとして行った在外研究を挙げました。「2000年はちょうどSDGsの前身の『ミレニアム開発目標(MDGs)』が始まり、21世紀の入口として非常に大きな節目だった。一方で、プライマリ・ヘルスケアの方向性を求めてWHO本部に行ったが、WHOは当時、HIV感染症(エイズ)とエボラ出血熱の感染拡大への対応に追われ、プライマリ・ヘルスケアの方向性を求められるような状況ではなかった。ただ、せっかく欧州に来ていたので、看護専門官にお話しし、欧州で地域看護の先進的な活動をしている地域を紹介していただいた。スイスの農村地域の訪問看護や、デンマーク・コペンハーゲンの高齢者施設の活動に参加したり、イギリス・ロンドンの移民族地域では、移民の看護師たちと一緒に家庭訪問をした。どの地域に行っても、フロントラインヘルスワーカーが地域での活動を地道にしており、フロントラインヘルスワーカーの存在・役割は大事だと感じた。もう1つ受けた大きな刺激は、デンマークにあるWHOヨーロッパ地域事務局を訪問した際に、そこでは旧ソ連崩壊後の東ヨーロッパにおける看護体制の再構築に尽力されていた。その様子を見て国際機関の役割の重要性を学ぶと同時に、『私にはとてもついていけないな』と自己の限界を感じ、アジアの地域看護の向上に専念しようと思った。WHO本部で活動するという良い機会をいただいた中で、今後の新たなチャレンジとして考えたことは、『アジアの地域看護指導者の育成』だった。プライマリ・ヘルスケアを国際的に継承し、大学院修士課程で高度実践者を養成したいと考えた。もう1つは、国際看護は自分1人ではできないので、一緒に国際地域看護に取り組んでいる仲間と国際地域研究会を立ち上げた」と森口名誉教授は話しました。

 

インドネシアの仲間とともに

2001年、兵庫県立看護大学に附置研究所推進センターが設置され、森口名誉教授は本センターの研究員を兼務し、そこで新たな活動を始めました。同時に、2001年から2011年までの11年間の3期にわたり、インドネシア・南スラウェシ州でプライマリ・ヘルスケアを基盤にした地域看護人材育成に関する取組「インドネシア南スラウェシ州地域看護推進プロジェクト」を行いました。「なぜ、南スラウェシ州で行ったのかというと、健康状態の指標が非常に悪かったからだ。また、州都のマカッサルは東インドネシアの中心的な都市で、医療機関や大学もあるので、そこから東インドネシア全体に向けて発信していくことができるのではないかと考えた。さらに、かつて『インドネシア看護教育プロジェクト』で1年半いたので、地域のことは分かっており、知り合いも多く、行政の方とつながりがあることも良かった」と説明しました。また、2005年から2007年の3年間については、JICAの草の根技術協力事業「インドネシア地域看護コーディネーター育成プロジェクト」として活動しました。

 

また、2004年には附置研究所推進センターを前身とする本学地域ケア開発研究所が発足し、森口名誉教授は本研究所の国際地域看護の専属の教授になりました。「2003年に『平成15年度文部科学省21世紀COEプログラム(ユビキタス社会における災害看護拠点の形成)』が開始され、翌年の2004年にインドネシア・スマトラ島沖大規模地震とインド洋津波が起こった。現地のことが心配でならなかったが、発災後、本研究所と公益社団法人日本看護協会が合同の調査チームを立ち上げ、私もチーム関連の取組を行った。災害看護における被災地調査や災害支援も国際地域看護の活動の1つであり、被災地の復旧過程ではプライマリ・ヘルスケアの活動が大事なのだと考えていた。このような状況の中でも『絶対に南スラウェシ州のプロジェクトも続けよう』と思い、そちらの活動も続けたが、周りの皆が一緒に取り組んでくれたから乗り越えることができたと思っている」と振り返りました。

その後、2008年から2010年には、南スラウェシ州の地域看護コーディネーターたちが「南スラウェシ地域看護自立推進プロジェクト」を立ち上げ、これまでの活動を継続・発展させ、南スラウェシ州の取組が地域看護のモデル州といわれるまでになり、2011年に総括評価を行い、一連のプロジェクトを終えました。森口名誉教授は「これまでの活動を通じて得た成功体験が、現地の彼女たちにとって『日本からの援助がなくても自分たちでできる』という自信につながり、自立推進プロジェクトの立ち上げにつながったのだと思う。そして、定年退職を迎えた翌年の2012年3月には『もうこれでやりきった。未来は後輩に託そう』と思った」と語りました。
最後に森口名誉教授は、令和7年度外務大臣表彰の受賞について言及し、「表彰式は2025年9月5日に東京で開催されたが、『私は南スラウェシ州の仲間と一緒に賞状をもらいたい』と、表彰の推薦をしてくださった在マカッサル領事事務所の領事に話したところ、2026年2月に現地で開催されるレセプションで賞状を渡していただけることになった。インドネシアに行くのを楽しみにしている」と述べ、講演を締めくくりました。

関連リンク

地域ケア開発研究所

 

森口名誉教授の令和7年度外務大臣表彰受賞に関する記事を、下記のリンク先からご覧になれます。
ケンダイツウシン「森口 育子名誉教授が「令和7年度外務大臣表彰」を受賞しました」

 

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