記事検索

  • 学部・組織・所属

  • 記事のテーマ

「衛生と清潔について考える」 地域ケア開発研究所 林知里所長が代表世話人を務める日本衛生学会連携研究会「衛生学と看護学の橋渡し連携研究会」の第1回キックオフセミナーが開催されました

12月23日(火)、兵庫県立大学新長田ブランチにおいて、日本衛生学会連携研究会「衛生学と看護学の橋渡し連携研究会」の第1回キックオフセミナーが開催され、地域ケア開発研究所の林知里所長がファシリテーターを務め、同研究所のムゼンボ・バルシア・アンドレ教授と看護学部の大村佳代子准教授が講演しました。

 

医療や地域の現場における衛生と清潔について考える

日本衛生学会では、衛生学の重要な研究課題について、日本衛生学会に所属する研究者と関連分野の他学会の研究者とが共同で研究会を企画・運営しながら学術活動を行う「日本衛生学会連携研究会制度」を設けています。地域看護を専門とする林所長は、2025年3月にムゼンボ教授や大村准教授をはじめ、公衆衛生看護学、精神看護学などの異なる分野を専門とする他大学の研究者の方々とともに「衛生学と看護学の橋渡し連携研究会」を立ち上げ、日本や海外の衛生学にフォーカスした研究活動を行っています。
本セミナーは、医療職および看護職の衛生観念について、国や現場ごとでどのように異なっているのか、また、科学的エビデンスが現場でどのように適応されているのかなど、衛生および清潔について考える機会を設けることを目的に開催されました。

地域ケア開発研究所 林知里所長

 

講演「コンゴ民主共和国で働く医療スタッフの衛生概念」

まず、感染症疫学を専門とし、エボラウイルス病(エボラ出血熱)やコレラ、エムポックスの研究に取り組んでいるムゼンボ教授が「コンゴ民主共和国で働く医療スタッフの衛生概念」と題し、2025年4月から5月にかけてムゼンボ教授が世界保健機関(WHO)の「GOARN(Global Outbreak Alert and Response Network)」の一員として自身の母国であるコンゴ民主共和国に渡航してエムポックス対応の活動を行った際のことを軸に、限られた資源・医療資材の中でエボラウイルス病やエムポックスといった重大な感染症を患う患者のケアが行われている現状についてや、貧困や紛争が院内感染やアウトブレイク(集団感染)の発生のリスクを高めていることなどについて講演しました。

※エボラウイルス病…エボラウイルスによる感染症。世界共通のバイオセーフティレベル(BSL)では極めて危険性が高いとされる「レベル4」に分類され、日本では一類感染症に指定されている。出血症状は、以前考えられていたよりも伴わないことが多いため、現在ではエボラウイルス病と呼ばれるのが一般的になった。

※コレラ…コレラ菌による感染症。コレラ菌で汚染された食物や水を摂取することで感染する。日本では三類感染症に指定されている。

※エムポックス…サル痘ウイルスによる感染症。2023年5月より感染症法上の名称がサル痘からエムポックスに変更された。日本では四類感染症に指定されている。

※GOARN…エボラウイルス病などの国際感染症の危機発生時に世界屈指の感染症対策チームを迅速に派遣・運営する国際的な枠組みとしてWHOや各国のパートナー機関により2000年に設立された。2024年度から地域ケア開発研究所がパートナー機関となった。

講演の冒頭でムゼンボ教授は、母国では医師の仕事をしていたことや、結核とHIV感染症(エイズ)について勉強するためにJICAの留学制度を利用して来日したことなど、自身のプロフィールや、コンゴ民主共和国の概要を紹介しました。
また、今回渡航したコンゴ民主共和国の首都・キンシャサの状況について、「コンゴに戻って一番驚いたことは、人々の貧困が進んでいることだった。6年前に渡航したときよりも状況がさらに悪化していた。電気・水道がなく、赤道のすぐ近くに位置するコンゴの気候は、北部は高温多雨の熱帯雨林気候、中南部は熱帯モンスーン気候またはサバナ気候で、年中暑いがエアコンはなく、皆、窓を開けて生活していた」と過酷な環境下であることを説明しました。

加えて、ムゼンボ教授は「トイレもなく、廃棄物もそのまま放置され、衛生状態が極めて悪い状態だった。さらに、現地の人々をはじめ、治療に携わる医療スタッフも、病室内にある物を触ったままの手で食事をして体調を崩すなど、清潔と不潔の区別ができないといった衛生観念に課題があることに加え、危険手当の未払いなど医療スタッフの処遇の悪さなど、運営側の上層部の経営・管理面にも問題があり、いつパンデミックが起こってもおかしくない状況にある」と説明しました。その上で、「衛生環境を改善するには、設備の充実だけで完結するものではなく、人材と教育に加え、その土地の文化も大きく影響していると考えており、現場の意識改革を進めると同時に、国際協力も不可欠である」と述べました。

 

講演「在宅看護における衛生概念」

続いて、大村准教授が「在宅看護における衛生概念」と題し、自身の訪問看護や有料老人ホームでの現場経験と、訪問看護師の方から聞いた話をもとに、在宅看護という病院とは異なる環境下において、訪問看護職の方が口腔ケアをはじめ、気管切開・人工呼吸器管理など、療養者の方に必要な医療を提供するにあたり、衛生面で工夫している具体的な方法や、在宅看護における衛生状況等について講演しました。
大村准教授は在宅看護を実践する中で、手指衛生(手洗い等)や接触感染防止のための防護用具(エプロンやガウン)を着用するなど、感染症の有無に関わらず、すべての患者・家族・医療従事者に対して標準的に用いられる最も重要で基本的な感染対策「スタンダード・プリコーション(標準予防策)」を大切にする一方で、在宅では、病院のように医療に必要な設備や物品がすべて揃っている訳ではなく、経済的な背景や生活環境等が異なるため、療養者の方の自宅にあるものを工夫して代用するなど、各家庭の状況に応じた対応をしていると説明しました。

※在宅看護…病院ではなく、住み慣れた自宅で療養生活を送るあらゆる世代の人に対して行われる看護全般を指す。
※訪問看護…主治医により訪問看護が必要と判断された人が対象で、医療機関や訪問看護ステーション等から看護師をはじめとした医療専門職が療養者の自宅を訪問し、医療的ケアを実施する。介護保険または医療保険を利用。

また、在宅看護の現場で医療従事者の立場から見て衛生的に課題があった際の対応については、「療養者の方ご自身が行われている工夫や思いを尊重しながら、少しずつ衛生管理等に関する正しい知識を提供したり、感染症が発生しないように見守るなど、信頼関係の構築を大切にしながら、衛生環境の改善について検討するようにしている」と述べました。
一方で、在宅看護を実践する中で、研究者としての立場から見た際に不明な点も多いとし、「例えば、病院では多くの方が入院する中で、同時にさまざまな細菌やウイルスも存在し、院内感染・水平感染が発生するリスクがある。他方、在宅の場合、療養者の方はその家で長年暮らしているので、その環境内にあるホコリや雑菌に対する耐性を持っていると考えられるが、実際のところは未知数である。このように、さまざまなケアの場面で、衛生面について具体的なエビデンスが明らかにされていないことも多いのではないかと思っている」と話しました。

※水平感染…感染源(人や物)から周囲に広がることを指し、接触感染、飛沫感染、空気感染、媒介物感染の4つに大きく分類される。

最後に大村准教授は「在宅では、療養者ご本人やご家族によって、日々ケアが創造されている状況にある。私たち看護職は、そこの部分に関わっていくというところで、療養者の方々に経済的負担や精神的負担がかからないように配慮するとともに、衛生面について確かなエビデンスに基づいたケアができるよう努め、そうした事柄について心のこもった説明をしながら、より良い療養生活が送れるよう衛生環境を少しずつ良くしていける取組ができればと思っている」と述べました。

 

意見交換会

意見交換会では、食環境安全性学を専門とし、林所長とともに本セミナーのファシリテーターを務めた京都府立大学大学院生命環境科学研究科の原田浩二教授からコメントがありました。原田教授は、「ムゼンボ教授の講演では、開発途上国では本当に基本的なベーシックサニテーション自体が課題になっており、それらは単純に各施設だけでは解決できないとのことだった。この課題を解決するには、まず健康教育が必要で、かつ、ヘルスケアの専門職が、それらをできていないということが大きな課題であり、今後、これらの課題が解決できれば、現地の状況を改善するための活動を進めるのに非常に効果的なポイントの1つになると考えられているとのことで、興味深く感じた。大村准教授の講演については、訪問看護の現場で行われている実践の中で、『これが本当にベストなのか』という疑問があり、その疑問をいかに研究者側から捉え、そして、それらをエビテンスとして次の実践の場につながるような付加価値に変えていきたいとのことだった。私自身は普段研究をしている立場であり、なかなか実践に踏み出せていないところがある。実際に、学会でも論文報告等を見てもその調べた結果をどのようにして次の実践につなげていくのかというところまで到達できていないケースが多い。研究と実践に非常に近い場所をどのように組み合わせていくのかという視点は、まさに林所長がこの研究会を立ち上げた意図ではないかと思う。この研究会での取組を通じて、非常に良いサイクルができていくことを期待している」と話されました。

※ベーシックサニテーション…施設や設備の環境を清潔かつ衛生的に保つための一連の取組。

また、参加者の方々からもムゼンボ教授と大村准教授に向けて質問やコメントが寄せられ、活発な意見交換の場となりました。

関連リンク

 

COPYRIGHT © UNIVERSITY OF HYOGO. ALL RIGHTS RESERVED.