本学は、観光庁「将来の国際会議主催者のための地域・大学連携等促進事業」の支援を受け、11月11日(火)、兵庫県立大学地域ケア開発研究所(兵庫県明石市)において、兵庫県立大学明石看護キャンパス国際会議企画・運営委員会の主催で「2025 International Conference The Present and Future of Graduate Nursing Education in the Western Pacific Region」(2025年度国際会議「西太平洋地域における看護系大学院の現在と未来」)を開催しました。
次世代の看護専門家や科学者を育成するためにどのような大学院教育が必要か
昨今、西太平洋地域の医療システムは、人口の高齢化や労働力不足、気候変動による健康リスクの増大など、複雑化を増しています。このような状況の中、大学院で教育を受けた看護師は、高度な臨床医、教育者、研究者、指導者として重要な医療制度を強化し、平等を促進する役割を果たしています。世界保健機関(WHO)が発表した『世界の看護の現状報告書2025(State of the World’s Nursing 2025)』では、高度実践看護師の役割拡大と、より良い職場環境の改善、看護職のリーダーシップの強化が求められています。これらは質の高い大学院教育に基づいて構築されているといえます。西太平洋地域では、すでに大学院における看護教育プログラムを設置している国もありますが、入学やキャリアパス、専門職としての認知といった課題があることや、学部での看護教育の基盤構築に注力している国もあります。
共通の課題と異なる発展段階が存在する中で、地域協力は不可欠であることから、災害健康危機管理WHO協力センター(本学地域ケア開発研究所内)と西太平洋地域内のWHO看護協力センターおよび学術パートナーとの共同活動として、地域の多様な発展段階を踏まえて、大学院教育を通じた看護のリーダーシップ強化と国際的連携を目的に本会議を開催しました。

本会議では、西太平洋地域における大学院看護教育の最新の動向と革新を共有するとともに、実践、教育、リーダーシップ、医療システムの改善における変革を主導する上での大学院教育を受けた看護師の重要な役割を探り、各国の状況における修士および博士レベルの看護プログラムを強化する上での主要な課題と機会を特定し、特に、キャリア初期および中堅の看護師にとって、大学院看護教育をより魅力的でアクセスしやすいものにする方法について議論が行われました。


司会を務めた兵庫県立大学地域ケア開発研究所の林知里所長
当日の様子
はじめに、本学の坂下玲子副学長による開会の挨拶がありました。坂下副学長は「WHOの報告書『世界の看護の現状2025』では、高度な実践の開発におけるいくつかの主要な課題が強調された。看護師のリーダーシップの強化、就労環境の改善といったこれらの優先事項には、人々の健康と幸福を促進できる有能で自立した看護師を育成するための強力な大学院レベルの看護教育という重要な基盤が共通している。私たちは大学院の教育プログラムを強化し、発展させなければならない。批判的に考え、思いやりを持って指導し、将来のために新しい知識を創造することのできる次世代の看護師を育成することが重要である」とし、「私たちは、次世代の看護専門家や科学者を育成するために、どのような大学院教育が必要なのかをともに考えるために集まった。まず、基調講演ではDr. Eun-Ok Im イム・ウンオク教授に、米国における学術的創造性とリーダーシップの基盤としての看護哲学と理論教育についてご講演いただく。米国では、看護哲学と看護理論は博士課程の必修科目になっているが、課題はあると聞く。一方、日本では128ある看護系大学院のうち、カリキュラムに看護哲学が含まれているのは6の大学院で、看護理論については約70%の大学院となっている。本学大学院看護学研究科は、それらの内の1校ではあるが、学問は理論的基礎によって導かれるものであることを踏まえて考えた際、こうした状況は大学院の教育課程で看護科学の基盤をどのように強化できるのかという重要な問題を提起している。また、パネルディスカッションでは、WHO、フィリピン、韓国、香港、インドネシア、日本から著名なパネリストをお迎えし、各国の現状・課題・将来の展望を共有する。本日の議論を通じて、各地域独自の強みや文化的背景についての理解が深まることを期待している。有意義な進歩のためにアイデアを交換し合い、西太平洋地域および世界中で看護教育を前進させるために協力し合えればと思う」と述べました。
坂下玲子副学長
基調講演「看護系大学院教育の未来に向けて」
基調講演では、本会議と同日に本学看護学部とMOUを締結した米国のテキサス大学オースティン校看護学部の学部長で、女性の健康や健康格差、テクノロジーを活用したケア研究の国際的第一人者であるイム・ウンオク教授にご登壇いただき、「Toward the Future of Graduate Nursing Education(看護系大学院教育の未来に向けて)」と題し、米国における看護哲学と理論の動向、米国の大学院教育における看護哲学と理論教育の現状と課題、また、これらの課題に基づいた世界全体の大学院教育の将来に向けた提言について、ご講演いただきました。
はじめにイム教授は、1997年に米国のDr. Afaf Ibrahim Meleis アフアフ・イブラヒム・メレイス博士が発表した看護理論の進展段階(stages in nursing progress by Meleis)には、「近代看護の母」などと称されるフローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale,1820-1910)が患者のケアに重点を置く看護理論を説いた「実践の段階」に始まり、「教育と管理の段顔」「研究の段階」「理論の段階」「哲学の段階」「統合の段階」の6つのステージがあり、これらのうち現在は1990年代から「統合の段階」にあると説明されました。
この「統合の段階」では、看護分野のすべての哲学的視点と、あらゆるタイプの看護理論が共存し、看護学全体と特定の専門分野の構造を特定することに焦点を当てた実質的な対話や議論を行い、知識開発戦略の提示がなされる一方で、これまで多くの看護理論が開発・発表されてきた米国において、看護理論家および看護哲学者の高齢化をはじめ、人工知能を代表としたテクノロジーの発達による研究をとりまく技術的変化、看護研究資金獲得のために、看護理論や看護哲学を理解していない看護分野以外の研究者が研究に加わることなどの課題があると話されました。

テキサス大学オースティン校 イム・ウンオク教授
また、米国の大学院教育における看護哲学と理論教育の現状について、修士課程では看護哲学と看護理論の授業は最小限しか行われていないことや、博士課程については入学者数がこの10年間で大幅に減少していることや、看護哲学と看護理論の授業廃止について全国的な懸念があることなどを挙げられました。
最後にイム教授は、日本を含めた世界中の看護系大学院教育への具体的な提言として、看護の知識と理論的基礎を発展させる上で新しいテクノロジーを積極的に取り入れることや、看護哲学および看護理論の教育を行う教員の育成への投資、看護哲学および看護理論と実践・研究への関連性を重視することなどを取り上げ、「看護哲学と看護理論の教育を必須にすることを推奨したい。私たちは次世代の看護理論家や看護哲学者を育成する必要がある。そして、世界中で理論の発展を促進することを提案したい。東洋と西洋の視点を融合させ、国際協力することは、私たちの看護哲学と看護理論を維持するための力となり、素晴らしいアイデアをもたらすことになるのではないかと思う」などと話されました。

パネルディスカッション「西太平洋地域における看護系大学院教育の未来に向けて」
基調講演後に行われたパネルディスカッションでは、地域ケア開発研究所の増野園惠教授の司会・進行のもと、5名のパネリストにより「The Future of Graduate Nursing Education in the Western Pacific Region(西太平洋地域における看護系大学院教育の未来に向けて)」をテーマに講演と討論が行われました。


右:地域ケア開発研究所 増野園惠教授、左:インドネシア大学 スリヤネ・スリスティアナ・スサンティ助教授
パネリストの方々による講演の前にリードオフスピーカーとして、WHO西太平洋地域事務局 看護専門官の穴見翠氏から「Investing in Advanced Nursing Education and Leadership :Insights from the State of the World’s Nursing 2025(高度な看護教育とリーダーシップへの投資:2025年の世界看護の現状からの洞察)」についてお話しいただきました。WHOの報告書『世界の看護の現状2025』から得られた知見が紹介され、高度な看護教育とリーダーシップへの投資がレジリエントな医療システムの構築に不可欠であることを、西太平洋地域の進捗状況と今後の方向性を交えて強調されました。

スクリーン右側:WHO西太平洋地域事務局 穴見翠氏
パネリストの方々による講演
フィリピン大学マニラ校看護学部長でWHO看護開発リーダーシップ協力センター長のDr.Sheila Bonito シーラ・ボニート氏からは「UPCN Graduate Nursing Programs(フィリピン大学マニラ校大学院看護プログラム)」と題し、同校における大学院教育の取組内容や成果、課題等についてご紹介いただきました。

フィリピン大学マニラ校 シーラ・ボニート氏
韓国の延世大学看護学部大学院研究担当副学部長兼学科長のDr. Yeonsoo Jang ヤンス・チャン氏からは「Leading the Future:Graduate Education in a New Era(未来をリードする:新時代の大学院教育)」と題し、同大学大学院の看護教育の内容や大学院教育の今後の方向性についてお話しいただきました。

スクリーン右側:延世大学 ヤンス・チャン氏
聖路加国際大学大学院看護学研究科・公衆衛生大学院の奥山絢子教授からは「Doctor of Nursing Practice in St.Luke‘s Intetnational University(聖路加国際大学大学院看護学研究科看護学専攻DNPコース)」と題し、日本で初めて同大学に開設された、博士号を持つ指導者を養成するための大学院看護学研究科博士後期課程DNP(Doctor of Nursing Practice)コースの教育内容を中心にご紹介いただきました。

聖路加国際大学 奥山絢子教授
香港バプテスト大学看護教育主任教授のDr.Sharron S. K. Leung シャロン・リョン氏からは、同大学の看護プログラムをはじめ、香港の医療制度、香港、マカオ、中国本土の都市を含む大湾区における将来の看護、医療の発展とそれに応える同大学大学院の看護教育プログラムをご紹介いただきました。

香港バプテスト大学 シャロン・リョン氏
インドネシア大学看護学部母性看護領域科助教授のDr. Suryane Sulistiana Susanti スリヤネ・スリスティアナ・スサンティ氏からは「Graduate Nursing Education in Indonesia Current State,Challenges and Innovations(インドネシアにおける卒後看護教育 現状、課題、そして革新)」と題し、インドネシア大学大学院での看護教育の現状や新たに進めている他大学院との共同学位プログラムについてお話をいただきました。

最後に各パネリストから、西太平洋地域における看護学分野の大学院教育の発展に向けたメッセージが寄せられました。増野教授は「本日のみなさんとの対話によって、協力とリーダーシップを共有することの力が示された。国を超えて地域全体で連携することで看護教育が健康の公平性とレジリエンスを推進し続ける可能性を持っていることが示された。今後、さらなる協力体制を築き、ネットワークを強化していきたい」と述べ、パネルディスカッションを締めくくりました。
COPYRIGHT © UNIVERSITY OF HYOGO. ALL RIGHTS RESERVED.