3月15日(金)、明石看護キャンパスにおいて、兵庫県立大学看護学部 デジタルヘルスケア・センター主催、明石市・播磨町の後援で「兵庫県立大学看護学部 デジタルヘルスケア・センター開設記念 キックオフセミナー」が開催されました。
趣旨・設置目的
本学は、データヘルスやデジタルヘルスを基盤とし、地域生活者の健康維持・増進、疾病悪化予防等のために、生活者自身がセルフケアを十分に実践できることを目的に、2023年に明石看護キャンパス内にデジタルヘルスケア・センターを開設しました。
本センター設立の背景には、看護学部が2019~2021年度研究課題として、本学部の部局提案プロジェクト「ビッグデータを活用した健康リスク予測と高度看護介入による新たなデータヘルス・システムの開発」の一環で、ある自治体と連携して、➀糖尿病重症化予防:ビッグデータ分析、➁糖尿病重症化予防:ポピュレーションアプローチ、➂糖尿病重症化予防:ハイリスクアプローチ、④がん検診推進プロジェクトを推進してきたことにあります。(Phenomena in Nursing 2022年6巻1号 https://www.jstage.jst.go.jp/browse/purs/list/-char/ja)
本センターでは、地域社会における「孤立」を予防するために、ライフサイクル上の健康課題(発達障害、産後うつ、育児負担、睡眠障害、がん・生活習慣病、介護負担、認知症など)に焦点をあて、自治体と連携してWell-being支援のためのヘルスケアシステムを構築する事業を展開していくこととしています。このたび、センターの設立を記念し、キックオフセミナーを開催しました。
はじめに、坂下玲子副学長による開催挨拶がありました。坂下副学長はデジタルヘルスケア・センターの設立までの経緯を紹介し「データヘルス、ビッグデータを使って健康予測を行おうという取組は、全国いろいろなところで行われているが、なかなか住民の方1人ひとりに届いていないと私は考えている。1つには、フロントラインに立つ看護者自身がこの活動に十分に参加できていないからではないかと思っている。そのため、デジタルヘルスケア・センターのミッションの1つとして、ビッグデータの分析をしながら、どのような視点で関わっていけば良いのかという計画を立てるとともに、住民の方や患者さん、また、その人たちに行き渡る、本当にその人の健康に貢献するようなケアを創造していくというところが、私たちの独自のところであり、特徴的な取組ではないかと考えている。本センターでは、明石市と播磨町という地元自治体と連携しながら、そこに住む人々の健康を第一に考えていこうというプロジェクトを立ち上げて進めていこうとしている。このセミナーを機に、みなさまと広くネットワークをつくることができ、本センターの今後の発展に貢献していけば良いなと願っている」と述べました。
次に、髙坂誠学長による学長挨拶がありました。髙坂学長は、看護学の今後の焦点となるものの1つにAI及びICTの急速な進化による学問や生活の在り方の変化を挙げ、「データ・計算科学に基づく看護学の発展がなければ、社会の要請に応えられない、前に進めないような状況になっている。教育面では現場でデータが扱える看護師を育てていく必要があり、教育の在り方も変えていかないといけない。研究面においても地域と連携し、データを活用して市民のための予防・健康づくりに貢献することが求められている。新たに発足するこのセンターには、これらの課題に学際的な視点をもって真正面から立ち向かい、答えを出していくという在り方を追求してほしいと思う」と述べました。
続いて、太田勲前学長から来賓挨拶をいただきました。太田前学長は、看護学部では前身の兵庫県立看護大学時代から、日本あるいは世界の看護学をけん引しながら地域に密着した活動を行う中で、いち早くICTや情報科学技術の重要性を察知し、20年ほど前に姫路工業大学(現本学工学部)の情報系の教員と連携して電子カルテやそれらに基づく看護技術の向上につながる研究を行っていたことにふれ、「そのような流れの中で、地域の人々の健康増進や健康相談、あるいは医療支援、未病での健康維持、病気の一歩手前のところでとどめる予防医学の分野に、地域の健康データ、ビッグデータを活用して、地域のみなさんにご理解いただき、健康を維持していきたいということで取組を展開されてきている。こうした下地があって、デジタルヘルスケア・センターという実を結ぶ形になったのではないかと思っている。今後はELSI(倫理的、法的、社会的問題)分野も加えて、工学研究科や情報科学研究科の特に医療系を中心に研究されている教員との連携や、明石市・播磨町との連携を強めながら、ますます地域社会に貢献し、デジタルヘルスケア・センターが発展することを願っている」と挨拶されました。
第1部 基調講演
基調講演では、まず、九州工業大学大学院生命体工学研究科の井上創造教授から「介護・医療分野におけるビッグデータの活用とケアの創出」と題し、「ケア天気予報の研究」「システムの話」「気持ちの話」についてご講演いただきました。
井上教授が研究開発されている「ケア天気予報」とは、ビッグデータやIoTを活用して各高齢者の少し先の未来を予報する天気予報のようなシステムで、このシステムを利用することにより、インシデント系の不測の事態への対応に労力がかかっている介護・医療の現場で、数秒後・数時間後・数日後に起こると予測される転倒や不穏行動、体調悪化などのリスクを軽減する「予測型介護」を実現させ、介護・医療の質の向上や効率化させることができることなどを紹介されました。
また、「気持ちの話」では「デジタル化を進めるには、デジタル推進派やIT推進派の方々と、ITや情報系に対して不安感などを持つ反対派・懐疑派の両方の方々に受け入れられるシステムの設計やデジタルの設計を考えないといけない。ここの部分については、ぜひみなさんに答えを出していただきたいと思う」と話されました。併せて、デジタル化における成功体験の重要性や必要性について言及され、「はじめは不安感を持っていた方も『やってみたら良かった』と言う方は多い。成功体験を最初から設計しておくことが非常に重要である」と強調されました。
産業医科大学産業保健学部人間情報科学の江口泰正教育教授からは「人々の健康行動の変容に迫るアプローチ方法とデジタルデバイスの活用」と題し、「健康行動への積極的な参加を促すためには」「ヘルスリテラシーとは」「ナッジ(肘でそっと突くの意)とは」「人の感情に寄り添うために」「デジタルデバイスの活用」の5つを柱に、デジタルデバイスを活用したヘルスケアのあり方についてご講演いただきました。
江口教育教授は、運動を続けられる人とそうでない人の特徴について取り上げ、「自分の居場所があるか、新しい発見があるか、夢や生きがいとして捉えられるか、達成したい目標があるかどうかなど、楽しさや高揚感への期待の有無が運動の継続者と非継続者との典型的な違いであることが分かった。積極的な参加のためのプラスアルファとして『面白がらせることが大事ではないか』と私たちは提案している。楽しさが大事ということは世界的にも認められてきているので、これから何かを情報提供する際は、何か楽しんでできる要素をどこかに組み込むのが良いのではないかと思う」と提言されました。最後に、地域全体での健康意識の向上について「モデル地区などを設けて健康情報を流す。地区内の公民館や健康ステーションに行けば、そこで健康情報を聞く機会がある。情報を聞く機会が増えることで、個人のリテラシーが少しずつ高まり、地域全体の健康意識が高まっていく可能性があるのではないか」と話されました。
本学の国際商経学部の和田真理子准教授からは「まちづくりプロジェクトにおける孤立化予防」と題し、和田准教授が2010年から取り組んでいる高齢化したニュータウン(明舞団地)での孤立化予防の取組や、孤立化を予防する社会環境をつくるまちづくり「プレイスメイキング」、和田准教授が考える「二層の居場所の考え方」について講演がありました。
和田准教授は「ニュータウンに限らず人口の多い都市部では、伝統的な地域コミュニティから解放されて都市に移ってきた人が多いので、傾向としては『あっさりとした付き合い』を求める人が多い。とりわけあっさりした『第一層』の居場所が重要ではないかと考えている。必然的に顔を合わせる可能性が高いが、そういう場所になるには、生活に必要なものやサービスなど、必需的なものが手に入る条件があることや、空間的・社会的に開放的であること。また、閉鎖されておらず、いつでも出入りができるなど、社会的に『主とお客さん』のような関係ではなく、フラットな関係であることも重要である。さらに、社会の役に立っているという満足感を得られたり、自分のやるべきことであるといった使命感を感じることができたり、健康に役立つ学びがあるという有益性の要素があることも重要である」と話し、第一層のイメージ例に、定期的に開かれるマルシェなどを挙げました。また、第一層の場所には、個別の事情やニーズに応じ、より個別的で深い活動ができる『第二層』の居場所を用意することも重要であるとし、「必要や希望があれば深いつながりの第二層に移行し、そうでなければ気楽な第一層の居場所に留まり続けることは全く問題ない。このような地域の小さな経済活動と、コミュニティにつながる場所のあり方をモデル化し、政策提言していけたら良いなと考えている」と講演を結びました。
第2部
第2部では、はじめに丸谷聡子明石市長、佐伯謙作播磨町長から挨拶の言葉をいただきました。
丸谷聡子明石市長
佐伯謙作播磨町長
挨拶後、事業推進者として本センターに所属する2名の教員から事業内容について説明がありました。
まず、デジタルヘルスケア・センター長である看護学部の川崎優子教授から「地域に根差したWell-beingを支援するデータヘルスシステムの構築」と題し、センター発足の経緯をはじめ、センターの目標とその解決策についてや、現在取組が始まっている4つのプロジェクトの紹介について講演がありました。
川崎教授は「Well-beingとは、身体的・精神的・社会的に良い状態であり、地域住民がこのような状態になることを目的とし、孤立化という現象に焦点化して予防に働きかけられればと思っている」と述べ、「産後うつや育児負担、職場不適応、がん、介護負担など様々な孤立化がある中で、こうした状況に置かれている方々に起こる健康問題や、孤立化という現象を解決していくために、看護学部の教員がこれまでの教育・研究活動で導き出してきた様々なケアに、デジタルヘルスを融合することで、効率よく、『ケアを必要とする人に必要なケアを提供する』ということを目指していく。私たちは、デジタル技術を専門とする先生方の力を借りながら一緒にデジタルヘルスケアを実現していくことを大きな目標に掲げている」と紹介しました。
現在、すでに取組が始まっているプロジェクトについては、本学と明石市との連携による自殺予防対策と障害児の保護者支援、本学と播磨町との連携による神経発達症児の養育支援とがん予防に関する取組があることを紹介し、「その他にも自治体から『このような課題がある』とお話をいただいているので、看護学部の教員や先端医療工学研究所、情報科学研究科、工学研究科の教員と、今日セミナーにご参加いただいた方とのご縁もいただきながら事業を進めていければと思っているので、ご支援をお願いしたい」と講演を締めくくりました。
続いて、本学大学院情報科学研究科の笹嶋宗彦教授から「デジタルヘルスケアの可能性」と題した講演がありました。講演の中で笹嶋教授は「データを分析する技術自体は、すでにあり、データから、生活習慣病のリスクなど様々なことを予測することは可能と考えられる。ただ、データを分析して良い結果を得るには大量のデータを集めなければいけない。データの流通は、われわれとデータ提供者の間に信頼関係がないとできない」と指摘し、「まず、データを提供してくださる方とわれわれの間に信頼関係を結ばないと、研究のために十分なデータは集まらない。健康管理などの研究をする場合に看護学部のみなさんに私たち情報科学の研究者が期待することは、みなさんが患者さんや地域の方々と接するときに使っているスキルでもって、データ分析結果を“上手に”対象となる方々へ伝えていただくことである。データ分析結果の使い方や伝え方を誤って、対象の方との関係が壊れてしまうと、その後はデータを提供してもらえなくなる。地域の方々と一緒に研究するにあたっては、信頼関係をしっかりつくり、喜んで多くのデータを提供していただけるような関係づくりができたら良いなと思っている」と言葉に力を込めて話しました。
また、データの活用については「私の個人的な意見であるが、われわれから患者さんや生活習慣病の予備軍、指導対象のみなさんに何かしらの価値を提供し、良いコミュニケーションを続けていくことができれば、研究に必要な多くのデータが集まり、分析の裏付けがビッグデータに支えられるようになり、良い結果に結びつくようになるのではないかと考えている」と話しました。
最後に、看護学部の工藤美子学部長から閉会挨拶がありました。工藤学部長は「看護学部、看護学研究科の教員は、健康に関わる事象に対応し、個別ケアや集団、コミュニティを対象としたケア提供、あるいは政策提言まで幅広く活用できる知見を持ち得ているので、いろいろな側面から地域で生活する人々のWell-beingの支援に取り組んでいきたいと考えている。デジタルヘルスケア・センターを中心とした活動は始めたばかりであるので、活動を発展させるためにも多くの方々のお力添えが必要になる。みなさまには今後のお力添えをお願いしたい」と挨拶し、セミナーを締めくくりました。
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