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工学研究科 高垣 直尚教授が「令和7年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)」を受賞しました

このたび、工学研究科機械工学専攻の高垣直尚教授が代表を務める研究グループが、文部科学省の「令和7年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)」を受賞しました。

 

「科学技術分野の文部科学大臣表彰」は、科学技術に関する研究開発、理解増進等において顕著な成果を収めた者にその功績を称えて授与されるもので、科学技術に携わる者の意欲の向上を図り、我が国の科学技術の水準の向上に寄与することを目的に、科学技術賞、若手科学者賞、研究支援賞、創意工夫功労者賞が設けられています。

 

高垣教授は、岡山理科大学工学部機械システム工学科の岩野耕治准教授と京都大学の小森悟名誉教授とともに2008年度から2024年度までの16年間にわたって行った「台風下の大気海洋間での運動量と熱とCO₂の輸送機構の研究」による業績が認められ、我が国の科学技術の発展等に寄与する可能性の高い独創的な研究又は開発を行った者に贈られる科学技術賞(研究部門)を受賞しました。

左から高垣教授、岡山理科大学 岩野准教授、京都大学 小森名誉教授

 

高垣教授は、基礎的な流体工学の知識をベースに、従来の機械工学分野の枠に囚われずに海や空の流れをはじめ、血流や呼吸といった生体内の流れなど、様々な『流れ』を扱っており、地球物理、化学工学、医学など他分野にまたがった、学際的で、産学連携も視野に入れた研究に力を入れています。その中の1つに、このたび評価された「台風の高精度予測と制御」に関する研究があります。
台風の持つエネルギーは、海面にかかる抗力により常に奪われ続け、海から台風へと供給される熱量が少ないと、台風は減衰します。台風の進路は主に気圧配置により決定され、その予測精度は向上している一方で、台風の強度予測については直接観察が難しいことなどから、正確なモデルが確立されていません。そこで、高垣教授らは、九州大学応用力学研究所(福岡県春日市)が所有する、台風を模倣することができる大型台風シミュレーション水槽(風波水槽実験装置)を用いて、気液界面(空気と水の表面が接している面)における運動量輸送や風波の測定・解析を行い、台風下の海面を通しての運動量の輸送機構の解明について取り組んでいます。

 

このたびの受賞を受けて、高垣教授からコメントをいただきました。

 

2050年までに激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会の実現を目指して

台風の被害の軽減対策を講じるには、全球大気海洋結合気象モデルを用いた、台風の進路と最大風速の正確な予測が必要です。しかし、従来の研究では、この気象モデルに組み込まれた高風速下での大気と海洋間の運動量と熱の輸送モデルが曖昧でした。
そこで本研究では、台風に匹敵する高風速で空気を水面下に流すことにより、激しい砕波(さいは)を伴う海表面を再現できる国内唯一の大型台風シミュレーション水槽を設計製作し、風速70m/sに相当する高風速下で激しく崩壊する風波気液界面を通しての気流側と液流側の間の運動量・熱・CO₂の輸送量の高精度測定を実施しました。
※全球大気海洋結合気象モデル…大気の変動を予測する大気モデルと、海洋の変動を予測する海洋モデルを結合して、太陽と海洋を一体化して気候を予測する気象予測シミュレーションモデルのこと。
※砕波…沖合からの波が岸に近づくにつれて波の高さが増し、また、先端が尖った形の波になり、それが限界を超えると前方に砕けていき、白い波が発生する現象のこと。
※風波気液界面…風・波・大気の相(他の部分と物理的に区別できる物質の均質な部分)が接している境界のこと。

台風の断面イメージ図

 

九州大学応用力学研究所の台風シミュレーション水槽

 

本研究により、低風速域で単調増加していた運動量輸送係数が風速30m/sを超える高風速域で飽和状態の一定値をとり、逆に、低風速域で一定を保っていた熱輸送係数が高風速域で増加するという、『風速30m/sを境にレジームシフトが生じること』を発見しました。本成果は、台風強度の予測精度を改善するとともに、海水面の状況を変化させる人為的介入による台風の制御方法等の提案につながるものとして期待されます。
※単調増加…ある数列の値が時間とともに常に増えているか同じである場合のこと。
※レジームシフト…物理挙動が急激に変動していること。

風速U10と抗力係数CDの関係
実線及び●:高垣グループの実験値とCDモデル
破線:既往のCDモデル
https://doi.org/10.1029/2012GL053988
https://doi.org/10.1002/2016GL070666

 

研究の経緯

本研究は、2008年度に京都大学工学研究科機械理工学専攻の小森研究室(当時)において受賞者らによって開始され、当時、日本で唯一京都大学が所有していた台風シミュレーション水槽を利用して実施されました。2016年に私が兵庫県立大学に移ってからは、九州大学応用力学研究所の大型台風シミュレーション水槽の利用を通じた共同研究体制下で研究が継続されました。
さらに、2022年度には、私をプロジェクトマネージャーとする要素研究プロジェクト『台風下の海表面での運動量・熱流束の予測と制御』が、内閣府のムーンショット型研究開発制度 ムーンショット目標8プログラム『2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現』に採択され、近畿大学の故鈴木直弥教授、岩野准教授、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の松田景吾副主任研究員、小森名誉教授を本学客員研究員として招聘し、実施されました。
※熱流束…単位時間あたりに単位面積を通過する熱量のこと。
※ムーンショット型研究開発制度…日本初の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する国の大型研究プロジェクト。具体的な10個の「ムーンショット目標」が設けられ、全ての目標は「人々の幸福(Human Well-being)」の実現を目指して掲げられている。

実験の様子

 

受賞に際して

このたびの受賞は、上記の大型実験水槽を使用した台風の予測と制御に関する室内実験研究の成果に対して表彰されたものです。このような室内実験研究は、数値計算とは異なり、準備から測定まで多大な時間と経費を要する地味で大変な研究ですが、本賞によって評価を賜ったことに受賞者一同感謝しております。
また、一昨年、急逝された近畿大学の鈴木直弥教授には運動量およびCO₂の輸送の評価で、東京科学大学の大西領教授には気象モデルによる台風のシミュレーションで、兵庫県立大学・京都大学・岡山理科大学・近畿大学の学生のみなさんには実験の実施において、多大な協力を賜ったことに深謝しております。併せて、九州大学応用力学研究所の共同利用機器・台風シミュレーション水槽の利用を後押ししてくださった九州大学の磯辺篤彦教授ならびに実験環境構築を支援いただいた油布圭技官にも、この場をお借りして御礼申し上げます。
今後は、これまでの研究をより一層進展させ、独創的な学術成果を挙げるとともに、教育者としても実験を通してものを見ることのできる若手研究・技術者を育成することに邁進してまいります。

 

主要論文

(1)「Strong correlation between the drag coefficient and the shape of the wind sea spectrum over a broad range of wind speeds」Geophysical Research Letters、vol. 39、L23604、2012年発表https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1029/2012GL053988

 

(2)「Laboratory Measurements of Heat Transfer and Drag Coefficients at Extremely High Wind Speeds」Journal of Physical Oceanography、vol. 48(4)、p959~974、2018年発表
https://journals.ametsoc.org/view/journals/phoc/48/4/jpo-d-17-0243.1.xml

 

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