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プラナリアの摂食行動の謎、解明ー卒業研究が米科学雑誌に

体をどんなに切られても再生できる不死身の生物「プラナリア」。プラナリアには、人間とは異なる不思議な特徴がほかにもあります。それは

 

① 口が頭部ではなく、胴体の真ん中にあること。
② 餌を食べるときには、口から「咽頭」と呼ばれる管を伸ばし、吸い込むようにして体内に取り込むこと。

 

もし、このストローのような咽頭を胴体から切り離したとしたら、どうなると思いますか?理学部4年生の驚くべき発見が、このほど論文にまとまり、国際科学雑誌「Science Advances」に掲載されました。論文の著者で、研究を指導した梅園良彦教授に詳しくうかがいます。

 

咽頭は、まるで生き物! 切られても動き、餌食べる

プラナリアの頭部には脳があり、一対の可愛らしい目があります。けれどもヒトとは異なり、口がお腹に存在します。そして餌に近づくと、口から咽頭を伸ばし、餌を探して吸い付くという特徴的な行動を示します。

 

これまでの研究では、プラナリアが餌の近くまで寄っていく行動は、脳によって制御されていることが明らかでした。一方で、咽頭が正しい方向へと動き、餌を探し当てるメカニズムは解明されていなかったのです。私を含めプラナリアの研究者たちは、間違いなく脳が咽頭の動きを制御していると考えていました。ですが、体の端にある脳が、離れた胴体部にある咽頭にどうやって正確な餌の場所を認識させているかを説明することは非常に困難でした。そこで発想を転換し、咽頭を胴体から切り離して、脳からの指令を受けられなくしたらどうなるか、と考えたのです。

2016年4月、当時4年生だった宮本真衣さんと実験しました。体長約2センチのプラナリアから咽頭だけを切り離し、餌の牛レバーに反応するかを調べたのです。すると、咽頭は餌に向かって自立的に動き、なんと餌を吸い込みました。一器官であるはずの咽頭が、まるで独立した生き物のように行動できることを発見した瞬間でした。

 

今の時代、実験の様子を動画に撮ってYouTubeにアップするだけでも世の中の人は驚いてくれるでしょうね。けれども我々のように研究をする者たちは、目の前でびっくりすることが起きたら、それを論文にできるようにちゃんと研究し、確固たるデータを示さなくてはなりません。宮本さんは、咽頭の働きを卒業研究のテーマに定め、1年間、相当な研究を重ねました。

 

司令塔は脳ではなく咽頭だった! 世界初?!嫌いな食べ物も発見

咽頭の動きを解析するため、宮本さんはシャーレに半径1ミリの同心円を3つ描き、円の中心に1.3マイクロリットル(0.0013ミリリットル)の餌を置きました。これだけでもなかなか大変な作業です。

餌は牛レバーの抽出物を寒天で固めたものですが、分かりやすいようにミキサーでつぶしたピンク色のチョークを混ぜて色付けしていました。ある時、「いつもピンク色では楽しくないから別な色の餌を作ろう」と宮本さんがターメリックを混ぜてみたのです。バングラデシュからの留学生にカレーを作ってもらうため、研究室に買い置きしていたものでした。

チョークは無臭ですがターメリックはスパイシーな香りがします。宮本さんがターメリック入りの餌で実験してみたところ、咽頭は餌に寄ってはいくものの、口をつぐんで決して吸い込もうとはしなかったのです。これによって、咽頭には複数のにおいをかぎ分ける力があることが明らかになりました。プラナリアの嫌いな食べ物を発見したのも、もしかしたら世界で初めてかもしれません。

■「プラナリアと咽頭の関係は『ど根性ガエル』のひろしとぴょん吉の関係に似ているんですよ」と語る梅園良彦教授

 

その後の研究で、咽頭の摂食部分には色々なタイプの神経細胞が集中して存在していることが分かったのですが、この部分の神経機能を阻害すると、ターメリック入りの餌を誤って食べてしまったり、プラナリア自体が餌に寄りつかなくなったりしたのです。このことから、プラナリアが餌に近づく行動は、咽頭が脳に送る指令によって制御されていることが強く示唆されました。

 

象の鼻も自立して動く?! 世界の見方を変えた研究成果

3歳の娘と動物園に行って象を見たのですが、象は体の下とか、視界に入らないようなところにある餌だって、ちゃんと鼻でつかむことができるのです。時には餌がつかみやすいように体を動かしながら。象の体の動きは当然、脳が主導して制御していると思われていますよね。でも私は、今回の研究成果によって発想が変わってしまいました。もしかしたら象と象の鼻は、プラナリアと咽頭の関係と同じで、鼻が脳に指令を送り、体を動かしているのかもしれない。実験をすることはできませんが、象の鼻も咽頭のように単独で動き、餌をつかみ取るかもしれない。プラナリアは、その可能性を教えてくれたのです。

今回の論文の筆頭著者は、理学部の宮本真衣さん(2017年3月卒業)と、その後の研究を引き継いだ生命理学研究科の服部美希さん(2019年3月大学院卒業)です。実際、論文に掲載したデータの3分の2は、宮本さんの卒業研究の成果です。宮本さんは誰よりも楽しそうに、どんどん研究を進めていきました。
卒業研究は、あくまでも卒業のための研究だと考えている人がいるかもしれません。でも我々は日々、本気で取り組んでいますから、場合によってはたった一年でも、世界的なレベルの研究をすることができるのです。好奇心を持ち続け、豊かな発想で研究に取り組んでほしいです。

梅園良彦(うめその・よしひこ)生命理学研究科教授

小さなころの夢は昆虫博士。生き物たちの複雑な形態のメカニズムを知りたくて発生学を学ぶ。兵庫県立大学の前身の姫路工業大大学院でプラナリア研究を開始。2013年には、かつてトーマス・ハント・モーガン(1933年にショウジョウバエ遺伝学でノーベル生理学・医学賞を受賞)が提唱したプラナリアの再生の仕組みに関する仮説を分子レベルで解明。「モーガンが生きていたら、僕に感謝してくれたかな?」

 

 

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