10月30日(月)、神戸商科キャンパスにおいて、社会科学研究科経済学専攻の主催で「ウィリアム・ペティ生誕400周年記念特別講演会及び展示会」を開催しました。
この特別講演会及び展示会は、国際商経学部の専門共通教育科目である「社会科学入門」及び経済学部の選択必修科目である「社会科学概論a」の授業時間を利用して行われたもので、当日は、主に国際商経学部1年生・2年生の約250名の学生が受講しました。
本学が所蔵する貴重書コレクション『瀧川文庫』
2023年は、「経済学の父」あるいは「統計学の父」と称されるイギリスの経済学者ウィリアム・ペティ(Sir William Petty, 1623-87)の生誕400周年にあたります。また、本学の神戸商科学術情報館(図書館)には、本学の前身である神戸商科大学の卒業生で、現在は兵庫トヨタ自動車株式会社取締役相談役の瀧川博司氏によって寄贈された『瀧川文庫』(Takikawa Library)と総称される2つの特別文庫が設置されています。1つは「イギリス古典思想文庫」であり、もう1つが「サー・ジョン・ヒックス旧蔵書および文書コレクション(ヒックス文庫)」です。今回は、「イギリス古典思想文庫」を構成するものの中から、国内で唯一ペティの名前を冠した「ペティ=ダウナント著作コレクション」を中心とした展示会が行われました。このコレクションには、ペティをはじめとして、人口統計の考案者であるジョン・グラント(John Graunt, 1620-1674)や、ペティが考案した政治算術という分析手法を財政分析等に適用したチャールズ・ダウナント(Charles Davenant, 1656-1714)の主要著作などが所蔵されています。
このたび、国際商経学部の松山直樹准教授(専門分野:経済学史)の企画・運営により、ペティの生誕400周年を記念して、ペティやダウナントの経済学研究を開拓された拓殖大学名誉教授の大倉正雄氏を講師にお招きしてご講演いただくとともに、極めて稀にしか巡り合うことのできない世界的にも貴重な書物の数々を、経済学や経営学を学ぶ学生に公開する展示会を開催しました。
「瀧川文庫『イギリス古典思想文庫』」(神戸商科学術情報館内)
第1部 特別講演会「ウィリアム・ペティと経済科学の曙」
はじめに行われた特別講演会では、まず社会科学研究科経済学専攻長で国際商経学部の西山博幸教授から開会の挨拶がありました。西山教授は「今回の講演会及び展示会は、神戸商科学術情報館に所蔵されている著書を保存、あるいは積極的に広報していこうということで『瀧川文庫プロジェクト』を立ち上げて、時間をかけて企画してきたイベントです。ここに辿り着くまでに5年半もの月日がかかりました。本学の図書館には、おそらく皆さんが知らないような非常に価値の高い、17世紀から19世紀にかけて出版された貴重書がかなりたくさん眠っています。これらは非常に有能な道具として、今もなお世界中の経済学者によって勉強されているもので、今回は、そういったものの一部を皆さんに見ていただくイベントになります。今日、こうして公開日を迎えたことを非常に嬉しく思います。われわれにとって最も大事なことは、これらは貴重書とはいえ、骨董品ではないということです。書簡も含めてこういった書物には先人たちの大いなる知恵と知識が詰まっています。物そのものを保管して次の世代に伝えていくことは、すごく大事なことですが、それでは足りないと思っています。われわれは、先人たちの大きな知恵を消化して、できるならば若い世代の皆さんがそれをさらに発展させて次の世代に伝えていく。つまり、『知の継承』が最も大事なことではないかと思っています。しかしながら、今日は約400年前の書物を実際に目にして、圧倒的な経済学の先人たちの根源というものによって醸し出される雰囲気を楽しんでいってください」と挨拶しました。
続いて、大倉氏に登壇いただき、「ウィリアム・ペティと経済科学の曙」と題して、ペティが生きた時代背景とともにペティの生涯と学問、さらにペティの国際秩序や構想についてご講演いただきました。大倉氏は、講演の冒頭で「ペティは、イギリスで17世紀に活躍した経済学者です。この時代には、まだ経済学という学問はなく、経済学(political economy, economics)という用語さえありませんでした。この講演の表題で経済科学としたのは、そのためです。ペティの功績は、経済学という新しい分野を開拓したことです。科学としての経済学を生み出したということです。『資本論』を書いたカール・マルクス(Karl Marx, 1818-1883)は、アダム・スミス(Adam Smith, 1723-1790)ではなく、ペティを経済学の父と呼びました」と話されました。また、講演では、ペティによって書かれた3つの書物を軸にお話しいただきました。まず、イギリスとオランダによる第2次英蘭戦争が始まった1665年に書かれた『賢者には一言をもって足る』(Verbum Sapienti, 1691)に記されている「戦費調達論」、次いで、トマス・ホッブズ(Thomas Hobbes, 1588-1679)の著書『リヴァイアサン』から大きな影響を受けて書かれたとされる『租税貢納論』(A Treatise of Taxes & Contributions, 1662)に記されている「労働価値説」と「平和と豊富」の実現について、さらにペティの死後1690年にペティの家族によって出版されたもので、フランス・オランダ・イギリスの国力と経済力を分析し、国力と経済力の大きさを決定する要因は対外貿易の発達であると説いた『政治算術』(Political Arithmetick, 1690)についてお話しいただきました。
その中で大倉氏は、ペティが生きた17世紀のヨーロッパは「戦争の時代」であり、まさに戦争を目の当たりにしながら書かれたペティの経済学の書物に記されている言葉は、世界各地で戦争や紛争が頻発している現代を生きる私たちに向けて発せられた警告であると言えるのではないかと言及されました。大倉氏は「ペティは、『戦争状態は国際社会における不健康な状態で、平和が本来の健康な状態である』と考えていました。諸国間に秩序と調和が回復して、平和状態がよみがえっている。そのような国際社会の形成を構想しました。その結果、平和な国際社会というのは、諸国家が開放された国際市場において、相互の利益となる互恵的な海外貿易を行うことを通じて形成されると考えました。そして、諸国家が自由に交流し、互いに協力しながら経済活動を行うならば、国家間対立は徐々に緩和されていくであろうと考えました。ところが、これとは逆に、オランダのように国際市場を独占して、自国の利益だけを重視する利己的な海外貿易を行っていたのでは、平和状態は訪れないと考えました」とペティの構想を紹介されました。最後に大倉氏は「ペティの時代は、戦争という大変な時代でした。ところが、ペティはこのような逆境の時代にあっても、過度に動揺して隣国に対して敵意を抱くことはありませんでした。『平和と豊富』の実現が可能となる国際社会の形成を構想しました。この構想は、今から400年も前に抱かれたものです。確かに古くて素朴で漠然とした内容です。しかしながら、われわれが現在、手をこまねいている困難な問題を解く鍵が秘められていると思います。今日、世界各地で戦争や紛争が発生しています。このような現在の国家間の状態は、戦争が通常であった17世紀ヨーロッパの国際社会における不健康な状態と、根本的には大差がなく、大枠は同じであるように思えます。そうであるとすれば、『平和と豊富』の実現を目標としたペティの構想には、依然として学ぶべきところが少なからずある、と言えます」と講演を締めくくられました。
第2部 展示会
続いて、神戸商科学術情報館において行われた展示会では、貴重書コレクション『瀧川文庫』を構成する特別文庫の1つである「ペティ=ダウナント著作コレクション」を中心に、ホッブズの『リヴァイアサン』の初版本や、スミスの『国富論』の初版本などを含めて、17世紀から18世紀にかけて出版された代表的な貴重書の展示が行われました。こうした展示会の開催は、1989年に本学に『瀧川文庫』が設置されて以来、初めてのことになります。
トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』(初版一刷、1651年)
アダム・スミス『国富論』(1776年、初版)
なお、ウィリアム・ペティ生誕400周年記念特別講演会及び展示会は、以下の助成を受けて開催されました。
・社会科学研究科経済学専攻部局特色化推進事業
・兵庫県立大学令和5年度特別研究プロジェクト推進事業「ウィリアム・ペティ生誕400周年記念特別研究プロジェクト」
・科学研究費助成事業「市場均衡理論の成立に関する科学史的研究」(19K01575)
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