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「『限界革命』から近代経済学の創始者マーシャルへ」 アルフレッド・マーシャル没後100年記念特別講演会及び展示会を開催しました

10月28日(月)、神戸商科キャンパスにおいて、社会科学研究科経済学専攻の主催で「アルフレッド・マーシャル没後100年記念特別講演会及び展示会」を開催しました。
この特別講演会及び展示会は、国際商経学部の専門共通教育科目である「社会科学入門」及び経済学部の選択必須科目である「社会科学概論」の授業時間を利用して行われたもので、当日は国際商経学部1年生を中心に約260名が参加しました。

2024年は、需要曲線と供給曲線を用いる均衡理論を考案したことから近代経済学の創始者とされ、ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes,1883-1946)やアーサー・セシル・ピグー(Arthur Cecil Pigou,1877-1959)の師としても知られるイギリスの経済学者アルフレッド・マーシャル(Alfred Marshall,1842-1924)の没後100周年にあたります。このたび、社会科学研究科経済学専攻・国際商経学部の松山直樹准教授(専門分野:経済学史)の企画・運営によりマーシャルの没後100周年を記念して、経済学史を専門とされ、最近は行動経済学の歴史的考察もされている福岡女学院大学人間関係学部の岩下伸朗(いわしたしんろう)教授を講師にお招きしてご講演いただくとともに、本学の神戸商科学術情報館(図書館)に所蔵されているマーシャルの主要著作をはじめ、マーシャルにゆかりのある経済学者の主要著作等の貴重書の展示会を開催しました。

 

第1部 特別講演会「限界革命とマーシャル」

特別講演会では、はじめに社会科学研究科経済学専攻及び国際商経学部の西山博幸教授から開会の挨拶がありました。西山教授はインターネットやスマートフォンの普及により知識や情報をすぐに入手できるようになった昨今の状況について言及し、「インターネットやスマートフォンは使い方によっては有用であり、非常にパワーを発揮する場面は確かにあるので全面的に否定するわけではない。ただ、残念なことに知識や情報が完備されすぎて、みなさんが本来知識を手に入れるためにしなければならない努力なしに、知識そのものやそれらのバックボーンについて自分自身であまり考えることなく、すぐにエンドユーザー的に知識や情報を使えるという現状がある。少なくともエンドユーザーばかりが増えると、知識や技術そのものを考えたり、生み出したりして次に伝えていく人たちがいなくなってしまう。知識や技術は一過性のものではなく、誰かがつくり、何世代にも渡ってつないでいく中で徐々に洗練され、その結果、不要なものは淘汰されてその過程の中で良いものが残ってきたものである。現在みなさんが目にしているものはそれらの成果である」と指摘しました。その上で、「経済学という学問は、多くの賢人たちが命や人生をかけて考えに考え、いろいろなことを提示し、うやむやなものは全部落ちてブラッシュアップされて残っていった『知の体系』である」とし、「このキャンパスの図書館には、時の変遷を経て現代に知の体系を伝える貴重書というものがある。みなさんには重厚で荘厳な、知の醸し出す歴史、何百年も培われてきた大きな体系の圧倒的な雰囲気を楽しんでほしい。また、みなさん自身が『知の継承者』として、次世代にみなさんの思いや知恵、知識を伝えていくプレーヤーになってほしいと願っている」と挨拶しました。

 

続いて、岩下教授に登壇いただき、『限界革命とマーシャル』と題して、マーシャルの経済の理論を中心に位置付けながらご講演いただきました。ミクロ経済学の出発点とされる「限界効用」の概念をめぐって、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍した「限界革命のトリオ」といわれる3名の経済学者、ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ(William Stanley Jevons,1835-1882,イギリス)、カール・メンガ-(Carl Menger,1840-1921,オーストリア)、レオン・ワルラス(Leon Walras,1834-1910,フランス)が、ほぼ同時期にそれぞれの環境下でどのような形でその概念を提起したのかなどについてもお話しいただきました。

はじめに岩下教授は、イギリスの産業革命を背景にして、経済学者のアダム・スミス(Adam Smith, 1723-1790)やデヴィッド・リカードウ(David Ricardo,1772-1823)などが提唱した「様々な物の価値の中心は、物をつくるのに必要な労働時間や労働量によって決まる」という古典派経済学の考え方に対して、ジェヴォンズやメンガ-、ワルラスらが提起した新たな考え方が「限界効用」という概念であったことを確認しました。限界効用概念は「最後に少しだけ増やしたときの『満足度の増え方』、あるいは少し減らしたときの『満足度の減り方』を限界効用という言い方をし、その交換価値の希少性に依存するものであり、限界効用に比例してその価値が決まる」という考え方を指し、彼ら3名が異なる国で同時期に同じように古典派経済学の考え方に異議を唱えたことにより、それまでの経済学の中心的な理論を革命的にひっくり返すような出来事を報じたため、「限界革命」と表現されるようになったと話されました。
また、限界効用概念がほぼ同時期にそれぞれの環境下で提唱されるようになった背景には、重化学工業化の進展のあった第二次産業革命や大衆消費社会の幕開けがあることも指摘されました。

さらに岩下教授は、『経済学の理論』(1871年)を著したジェヴォンズについて、「快楽と苦痛」に関する功利主義の観点から、ジェレミー・ベンサム(Jeremy Bentham,1748-1832,イギリス)の影響を取り上げました。「経済学は数量に関わるもの=必然的に数学的」であり、かつ「感情は科学的に取り扱いが可能な数量」であることから、ジェヴォンズは「経済学の目的は『快楽を極大化すること』」にあると考えて、経済学を「快楽と苦痛を数量的に扱う微積分学である」と捉えていたと話されました。続いて、『国民経済学原理』(1871年)を著したメンガ-について、「言葉にするとジェヴォンズとほぼ同じことを言っていたが、意外とジェヴォンズとは真逆のことも言っていた」とし、数学的な方法を拒否して消費者がどのような仕組みで最適な資源配分を決定しているかを示した「メンガ-表」を提示したことや、哲学的に人間の経済行動の本質はどこにあるのかということを追求していたことを話されました。最後に、『純粋経済学要論』(1874年)を著したワルラスについては、「限界革命のトリオ」の3名の中で最も数学的な分析枠組みである「一般均衡理論」を展開したと述べた上で、「現代経済学の中では神様的な存在にもなっている人で、『純粋経済学』という形で非常に明確な前提を置いて、そのなかで、今でいう資本主義社会、市場経済が上手く調和できる力学的な力を持っているかということを示そうとした経済学者だと思う」と解説されました。
※功利主義…最大多数の最大幸福の原理によって社会全体の幸福と個人の幸福との調和を目指す考え方

岩下教授は、マーシャルも限界効用概念について把握していたけれども、ジェヴォンズやメンガ-、ワルラスのように出版物として残していなかったこともあり、先取権にこだわりを持っていなかったと述べられ、マーシャルの三部作『経済学原理』(1890年)、『産業と交易(商業)』(1919年)、『貨幣信用貿易』(1923年)についてもお話しいただきました。特に岩下教授は、マーシャルがイギリスの自然科学者チャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin,1809-1882)が唱えた進化論の影響を受けていたことに注目して、「マーシャルが進化論的な発想を経済学の中に捉えていこうという発想を強く持っていたことは、ここ10年くらいで学会においても認められてきているが、昔はそうでもなかった」と述べて、「マルクスも同じようなことを言っているが、いわゆるミツバチやアリなどの社会的動物は、女王バチやアリ塚などいろいろな組織を組んで、自分たちの種を保存している。そのような社会的動物は、本能的かつ無意識的な組織体の特性があるが、実はわれわれ人間が経済を動かしていくときの企業的な精神の原型もそこにある。マーシャルは生物体と人間の関連性について議論するときに、そうした生物進化論を想定したような文章を残している」と紹介されました。
また、講演では、限界革命のトリオの中で最も数学的な理論を展開したワルラスが、あまり数学が得意でなかったことや、エコール・ポリテクニークという理工系のフランス最高峰の高等教育機関への進学を目指して受験したものの、受験に2度失敗した一方で、経済学を研究していた父親の勧めで経済学の道に入り、今や「現代経済学の最後の砦」のように、経済学者として名を馳せていることなどを含め、各人のエピソードもお話しいただきました。

 

第2部 展示会

特別講演会後に行われた展示会では、本学の神戸商科学術情報館に設置されている『瀧川文庫』(Takikawa Library)や、同館に所蔵・保管されている貴重書などが展示されました。今回の展示会では、自然法思想、古典派経済学、限界革命、アルフレッド。マーシャル、ケンブリッジ学派経済学という5つの区分が設けられ、経済学の歴史を本学の貴重書の現物によって辿ることができるように工夫がこらされました。
展示は、特別講演会で取り上げられたマーシャルの三部作に関する全ての版をはじめとして、ジェヴォンズ『経済学の理論』やメンガ-『国民経済学原理』の初版本、ワルラス『純粋経済学要論』の縮約版のほか、マーシャルの教えを受けたピグ―の『厚生経済学』の第二版やケインズの『雇用と利子および貨幣の一般理論』の初版本、ケンブリッジ大学で初めて経済学を学んだ女子学生で、イギリスで初めて複数の大学で教壇に立った女性経済学者であるメアリー・ペイリー・マーシャル(Mary Paley Marshall,1850-1944,イギリス)の回想録『想い出すこと』(1947年、表紙カバー付き)などによって構成されました。学生や大学院生、教職員、名誉教授など約150名の関係者が来館し、17世紀後半から20世紀前半にかけて出版された貴重書を鑑賞しました。

 

ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ『経済学の理論』初版、1871年(撮影・提供:岩下伸朗教授)

 

カール・メンガ-『国民経済学原理』初版、1871年(撮影・提供:岩下伸朗教授)

 

アルフレッド・マーシャル『経済学原理』初版、1890年(撮影・提供:岩下伸朗教授)

 

メアリー・ペイリー・マーシャル『想い出すこと』1947年(撮影・提供:岩下伸朗教授)

 

なお、アルフレッド・マーシャル没後100年記念特別講演会及び展示会は、以下の助成を受けて開催されました。
・科学研究費助成事業「市場均衡理論の成立に関する科学史的研究」(課題番号:19K01575)

関連リンク

社会科学研究科経済学専攻
国際商経学部

 

本学が所蔵する貴重書についてお知りになりたい方は、下記のリンク先をご覧ください。
兵庫県立大学 神戸商科学術情報館 貴重書紹介

 

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