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樋口芳樹副学長が「文部科学大臣表彰」科学技術賞(研究部門)を受賞

ヒドロゲナーゼの構造分析 「科学技術の発展に寄与する独創的研究」と評価

本学の樋口芳樹副学長(大学院生命理学研究科 教授)が、令和2年度科学技術分野の文部科学大臣表彰を受けました。

樋口副学長は、微生物が水素を合成したり分解したりする際に重要な役割を果たすヒドロゲナーゼというタンパク質(酵素)に関する2つの研究が評価され、我が国の科学技術の発展に寄与する独創的な研究であるとして科学技術賞(研究部門)を受賞しました。

これを受けて樋口副学長は「本受賞の対象となった研究は、本学に着任してから始めました。研究室のスタッフや学生さん達の協力で成し遂げることができた研究成果です。どちらの仕事も10年以上かけてようやく成功しましたが、最後まで諦めなかったことが功を奏したと思います」と語りました。

 

新型コロナウィルスの感染拡大を受け、授賞式が中止となったことから、6月2日に太田勲学長より表彰状が授与されました。

太古より多くの微生物が、H2(水素)から生育に必要なエネルギーを取り出したり、逆に余剰なエネルギーを水素として放出したりしています。そこで中心的な役割をするのが、ヒドロゲナーゼというタンパク質(酵素)です。

ヒドロゲナーゼは、細胞内で他の酵素と合体して複合体となり、水素の分解や合成の反応を触媒します。酵素分子内で触媒反応の中心となる部分に、Ni(ニッケル)とFe(鉄)原子からなる金属化合物(Ni-Fe活性部位)を持つヒドロゲナーゼを[NiFe]ヒドロゲナーゼと呼びます。また、この触媒反応には、効率よく電子のやりとりをする化合物が必要で、[NiFe]ヒドロゲナーゼは、鉄-硫黄クラスターと呼ばれる、Fe(鉄)原子とS(硫黄)原子が数個結合した化合物もいくつか持っています。

一般に、ヒドロゲナーゼは、O2(酸素)によってその機能を失います。一方、空気中程度の濃度の酸素では失活しない「酸素耐性」[NiFe]ヒドロゲナーゼも知られていましたが、酸素を無毒化する分子メカニズムは不明でした。また、「ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)」と水素の酸化還元を共役できるNAD+還元[NiFe]ヒドロゲナーゼは、酸素呼吸をする高等生物のエネルギー代謝で重要な酵素「呼吸鎖複合体Ⅰ」とアミノ酸配列が似ている部分があり、生物のエネルギー代謝の進化の観点からその立体構造の解明が注目されていました。NAD+は、地球上のほぼ全ての生物の細胞内の化学反応で電子のやりとりを媒介する化合物で、多くの重要な酵素に含まれています。

SPring-8で世界初の解析に成功 新しい水素燃料電池の開発などに期待

樋口副学長は1997年以降、大型放射光施設SPring-8を利用して様々な種類の[NiFe]ヒドロゲナーゼのX線結晶構造解析に成功してきました。2011年には、酸素耐性[NiFe]ヒドロゲナーゼの立体構造を解明し、この酵素が特殊な「鉄-硫黄クラスター」を持っていることを見出しました。ヒドロゲナーゼが酸素に晒されると、この鉄-硫黄クラスターが可逆的な構造変化を起こしてNi-Fe活性部位に酸素が結合することを防ぐという「酸素耐性の分子メカニズム」を解明しました。これを応用して空気中でも効率良くはたらく触媒が開発されれば、水素の大量生産装置や新しい水素燃料電池の開発に繋がる可能性があります。これは、環境に負担を与えない究極のクリーンエネルギー源である水素の利用に新しい道を拓くと期待されています。

また2017年には、NAD+と水素の合成・分解を共役できる「NAD還元[NiFe]ヒドロゲナーゼ」の立体構造を解析しました。その結果、この酵素中において、水素とNAD+の間で電子を効率よく運ぶための「鉄-硫黄クラスター」の立体配置が、酸素呼吸をする高等生物の「呼吸鎖複合体Ⅰ」と酷似していることを証明しました。これにより、両者は、元々同じ祖先を持つ酵素であることが理解されました。つまり、地球上生物の長い進化の歴史の中で、この祖先酵素は、水素によるエネルギー代謝をする微生物ではNAD+還元ヒドロゲナーゼに、一方、酸素によるエネルギー代謝を行う高等生物では呼吸鎖複合体Ⅰへと進化したと考えられました。さらに、NAD+還元ヒドロゲナーゼが持つ特有の酸素防御と活性酸素種の生成を抑えるための分子メカニズムの一端も解明しました。活性酸素種は、老化や癌との関係が指摘されていますが、樋口副学長の発見は活性酸素生成を防ぐメカニズムの解明にもつながると期待されています。

樋口芳樹(ひぐち・よしき)

兵庫県立大学副学長/大学院生命理学研究科教授

専門はタンパク質結晶学・構造生物学。「研究開始当初の予測が実験結果によって覆されることが一番の驚きと喜び。もちろん、予測に反する結果を見逃さないことが最も大事」。

2011年の酸素耐性[NiFe]ヒドロゲナーゼの立体構造解明の成果は世界で最も権威ある自然科学雑誌Nature電子版(2011年10月16日付)に掲載。また2017年の「NAD還元[NiFe]ヒドロゲナーゼ」の立体構造解析の結果は、同じく世界的に権威ある自然科学雑誌Science電子版(2017年8月31日付)に掲載された。

趣味は、亡き義祖父から受け継いだ芍薬の栽培。この季節には色とりどりの艶やかな花が庭に咲き誇る。

 

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