記事検索

  • 学部・組織・所属

  • 記事のテーマ

  • 記事のタイプ

兵庫県立大学政策科学研究所 2023年度第2回シンポジウム「サステイナブルな社会と日本酒の世界-脱炭素社会実現への道のり-」を開催しました

11月18日(土)、御影公会堂(神戸市東灘区)において、兵庫県立大学政策科学研究所主催、関西学院大学産業研究所の共催で「兵庫県立大学政策科学研究所2023年度第2回シンポジウム『サステイナブルな社会と日本酒の世界-脱炭素社会実現への道のり-』」を開催しました。

持続可能な開発目標・SDGsにおける最重要課題の1つである気候変動に対して、具体的には何をしていくことが必要なのか、また、日本に対しても世界経済との結びつきの強まりを前提にしたサステイナブルな社会の実現に対する貢献が求められています。政策科学研究所では、昨年度からSDGsの実現に向けた取組として、温室効果ガス排出がゼロの社会すなわち「脱炭素社会の構築」を大きなテーマに掲げ、未来の社会に向けた課題解決に貢献すべく、実務家や研究者を登壇者として招き、一般の方々にもご参加いただけるシンポジウムを行っています。今年度2回目の開催となる今回は、世界にアピールできる日本の個性という観点から日本の伝統産業の1つであり、世界各地の食文化に寄り添いながら「SAKE」として受け入れられつつある「日本酒」に焦点をあて、「サステイナブルな社会と日本酒の世界-脱炭素社会への道のり-」と題し、サステイナブルな社会の実現に対する現代の酒造業の貢献について考えるシンポジウムとして開催されました。

 

はじめに、関西学院大学産業研究所の豊原法彦所長から開催の挨拶がありました。豊原所長は、学生時代に日本の海運史や灘酒に関する研究を専門とされていた元関西学院大学学長の柚木学氏の日本経済史の講義で、江戸時代の酒造り等を学ばれていたことを取り上げ、「日本酒造りは、過去から現在、明治を経て昭和、平成、令和に至るが、その中で移ろいやサステイナブルといったものが発展してきているわけであるが、そのようなところをみなさんと学んでいけたらと思う。このシンポジウムを通じて、社会としての取組、会社としての取組、そして、大学としての取組等を通じて、みなさんと一層理解が深まれば良いと思う」と挨拶されました。

 

第1部 基調講演

基調講演には、白鶴酒造株式会社 代表取締役社長で灘五郷酒造組合 理事長の嘉納健二氏にご登壇いただき、「サステイナブルな社会と日本酒の世界」と題してお話しいただきました。嘉納氏は、日本酒の原料として酒造りに適した酒米と良質な水が必要であり、また、酒造りの技術を持つ人材が必要であることに言及され、「今日のテーマである『サステイナブル』の意味合いを深掘りしたときに、米作りと、われわれが大切にしてきた宮水の管理、そして、技師のもと科学的に分析された発酵の工程を管理して酒造りを行っているということを1つひとつ分解し、『なぜ、われわれが1743 年から280 年間、酒造りを続けてこられたのか』『なぜ日本酒がここまでみなさまに愛され続けてきたのか』『なぜ持続可能なことが結果的にできてきたのか』についてお話しいただきました。

酒造りがサステイナブルな業種であることの要因に「田んぼの役割」「水のめぐみ」「人を育む」の3 点を挙げられ、これらを軸に講演を進められました。「田んぼの役割」としては、日本の農業の一番のメインである米作り(稲作)をすることによって、水害を軽減・防止する役割があることや、水不足を緩和する役割を持っていることを紹介されました。また、「水のめぐみ」では、酒造りの要素の1つであり、六甲山系の地層を水源とする酒造用地下水「宮水」を守るために、灘五郷酒造組合の「水資源委員会」や西宮地区の「宮水保存調査会」が保全活動に取り組まれていることなどを説明いただき、「人を育む」については、杜氏の雇用創出や育成をされていることなどを紹介されました。

最後に嘉納氏は「自然を破壊せず、そのメリットを最大に利用しながら環境を保持し、国土の利点を持続させながら酒造業を発展させたのが灘五郷の歴史であり、また、持続可能な事業環境や変わってはいけない価値、そして、変えるべき事柄、伝統や歴史の中で革新を求め続けたのが灘五郷である。今後もわれわれは灘五郷の酒造りを通して、サステイナブルな環境を維持しながら更に発展させていきたいと感じた次第である」と講演を締めくくられました。

 

第2部 講演

第2部の講演では、4名のパネリストの方々にご講演いただきました。

菊正宗酒造株式会社 執行役員で菊正宗酒造総合研究所 所長の高橋俊成氏からは「菊正宗におけるサステイナブルな取組み」と題して、樽酒製造に欠かせない製樽技術と、丹波杜氏伝承の技である「生酛(きもと)造り」を中心に、菊正宗酒造株式会社における伝統技術を継承する活動についてお話しいただきました。近年、時代の変化から樽酒の需要が減少し、樽職人も減少していることから、菊正宗酒造株式会社では伝統技術の継承のために、社内で樽職人の後継者を育成しながら製樽事業に取り組まれていることや、地域貢献活動として、樽づくりの過程で出てきた樽の削りカス(ウッドチップ)を六甲山の登山道に散布することで登山道を保全する活動をされていることなどを紹介されました。また、江戸時代に開発された日本酒の伝統的な製法である生酛造りについても、丹波杜氏伝承の技術を後世に継承するため、社内で醸造責任者(杜氏)を育成されていることや、杜氏の舌に頼ってきた生酛造りを科学的に分析する研究を進められていることなどを紹介されました。

※樽酒…木製の樽で貯蔵し、木の香りがついた清酒のこと。

※生酛造りの工程についてお知りになりたい方は、菊正宗酒造株式会社サイト「生酛造り 自然の力と人の手が醸す伝承の技(https://www.kikumasamune.co.jp/kimoto/about/index.html)」をご覧ください。

 

白鶴酒造株式会社 専務取締役執行役員 生産本部長の櫻井一雅氏からは、「米から見た日本酒、ビッグブランド「まる」の誕生秘話」と題してお話しいただきました。講演では、はじめに酒米についてお話しいただき、1923年に兵庫県立農業試験場(現 兵庫県立農業水産技術総合センター)で誕生した日本の酒米の代表といわれる兵庫県産山田錦について、白鶴酒造株式会社が1995年から10年近くの歳月をかけて開発した酒米「白鶴錦」について、品種改良の点からみて兄弟関係にある両者の違いについてお話しいただきました。続いて、1981年に発売を開始され、現在も白鶴酒造株式会社の代表的なブランドの1つである紙パック酒「まる」の開発秘話を紹介されました。洋風化する家庭料理に合う日本酒を開発することと、アルコール分の低い日本酒を開発することの 2 点について検討されたといい、特に紙パック酒は、リサイクルなどの点でサステイナブルな社会に適した商品であると紹介されました。最後に櫻井氏は、白鶴酒造株式会社における炭酸ガス排出削減の取組「トップランナー機器(エネルギー消費効率が最も高い製品)の採用」「太陽光発電の導入」「モーダルシフト転換」に取り組まれていることや、商品資材についても環境に配慮したものを使用されていることを紹介されました。

※モーダルシフト…トラック等の自動車で行われている貨物輸送を、環境負荷の小さい鉄道や船舶の利用に転換すること。

※「白鶴錦」についてお知りになりたい方は、白鶴酒造株式会社サイト「オリジナル酒米『白鶴錦』(https://www.hakutsuru.co.jp/community/hakutsurunishiki/)」をご覧ください。

 

政策科学研究所の牧慎太郎特任教授からは、「お酒と持続可能な地域づくり」と題した講演がありました。牧特任教授は講演の冒頭で、東京一極集中が進む我が国において、独立行政法人酒類総合研究所は東京都から移転して広島県にあること、日本酒の酒蔵は兵庫県や京都府をはじめ全国各地に分散し、歴史が長く、地域との信頼関係も厚いことを挙げ、決して東京中心にはなっていないことを強調し、「東京は、震災やパンデミックにも脆弱であり、東京一極集中という危うい現状を何とか変えていかなければいけない。食糧やエネルギーを一定程度地域でまかなえるサステイナブルな地域づくりを進めていくときに、酒造りはヒントを与えてくれるのではないかと思う」と述べ、都市地域から過疎地域等に移住して地域協力活動をする「地域おこし協力隊」には日本酒に関わっている人が多いことや、地域の中でつくられたものやサービスを返礼品とする「ふるさと納税」では、日本酒を返礼品にしている自治体が多いことを挙げました。また、原材料を地元産にこだわり、循環型農業を応援し、地域に貢献する酒蔵の事例を挙げ、環境や地域経済の持続可能性を高める酒造りが消費者の共感を呼んでいることを紹介しました。最後に牧特任教授は「持続可能な酒造りの育成は、地域経済の活性化とつながりが深いと感じている。これからのサステイナブルな社会の形成に向けて、酒造りに学ぶところは非常に大きいと思う」と述べました。

 

関西学院大学国際学部の木本圭一教授からは、「関学日本酒振興プロジェクトの実践例と効果的な取り組み」と題して、ご講演いただきました。木本教授のゼミでは、学生が留学中(国際学部では留学が必須)に、日本食文化や日本酒についてよく尋ねられていたことや、 2013年度のゼミ2期生が西宮の産業振興をテーマにしたビジネスアイデアコンテストで「日本酒をジンジャーエールで割って飲みやすくしたカクテルを広める」という内容で準優勝した一方で、審査員から「学生は、アイデアは出すが実施に至らない」というコメントが出たこと、また、審査員の中に有力酒蔵の責任者がいたことなどをきっかけに、2014 年度から会計学の学びに加えて、若者への日本酒の訴求と日本酒カクテルの販売・推進を目的とした「関学日本酒振興プロジェクト」を実践されています。講演では、当初は日本酒に馴染みのなかったゼミ生やプロジェクトに参加した学部生が、プロジェクトを推進していく中で、卒業時には日本酒に馴染んできていることなどを紹介されました。木本教授は、日本酒に馴染むために最も大きな効果を生む事柄に「日本酒の造り手の矜持を知ること」を挙げ、「若者への日本酒の振興で最も重要な点は、味・価格で工夫するという方向性もあり得るが、末永い飲用につなげるには、日本酒が『酔うためだけのアルコールの1つ』というポジショニングではなく、『日本酒は日本食文化を体現するもの』あるいは『最高峰である』と言って良いと思う。それを分かった上で、かつ一番大事なことは、造り手の矜持を直接蔵で聞くことではないかと思う。そして、杜氏の矜持を知った上で杯を傾け、『日本食文化を飲んでいるのだ』という気持ちがあれば、日本酒に対して、もっとハードルが下がるのではないか。あるいは、日本酒を飲むときの飲み心地が変わってくると思う。もう1つは、マリアージュとしてお酒を飲むということが非常に大事ではないか」と提言されました。

 

第3部 パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、まず、討論者の政策科学研究所の中村稔特任教授から「脱炭素社会と日本酒文化」と題した講演がありました。講演の中で中村特任教授は、脱炭素社会を考える際の根本的な視点や国際情勢に触れた上で、地球環境のみならず地域的な環境の維持にも重要な役割を果たす農林業や水源管理と深く関わる日本酒造りがサステイナブルな社会に対して有する意義に触れました。さらに、日本の風土が米の文化を生み、伝統行事にはその米を原料とする日本酒が用いられることや、こうした「文化としての日本酒」が日本文化の大きな発信力となっていることに言及しました。

中村特任教授は、「日本酒造りは、非常に手間がかかり、繊細な作業が必要で、日本人の勤勉な国民性の賜物と言える。おそらく、酒造りの現場を見た海外の人たちは、『すごいな』と思いながら本国に帰り、『日本に行って、美味しい日本酒を飲んだ。日本はすごい国だ』と日本のファンになってくれるだろう。こうして『大好きな日本に向かって鉄砲を撃ちたくない』という海外の人が、1 人でも 2 人でも増えることが、実は日本を守ることになる。1890 年にトルコの軍艦・エルトゥールル号が和歌山沖で遭難した際、当時の日本人は不眠不休で救助活動を行った。トルコの人たちは、そのことを覚えていて、その約100 年後、イラン・イラク戦争が起きた際にイランに取り残された日本人を助けてくれた。ひょっとしたら、こういったソフトパワーがわれわれだけでなく将来の世代を守ってくれることになるかも知れない。ソフトパワーの力を侮ってはいけない。日本酒や日本文化は、その力の 1 つだと思う」と言葉に力を込めました。

 

講演後に行われたパネルディスカッションでは、中村特任教授から 4 名のパネリストの方々に向けて質問をされ、活発な議論が行われました。パネルディスカッションの最後には、1人ずつ日本酒への思いを話され、会場では頷きながら言葉に耳を傾ける参加者の姿が見られました。

 

最後に、政策科学研究所長の田中隆教授から閉会の挨拶がありました。田中所長は「『サステイナブルな社会と日本酒の世界』と題しての本日のシンポジウムは、灘五郷に代表される豊かでサステイナブルな環境で育まれた、サステイナブルを前提とした高い伝統技術の継承と、イノベーションに取り組んできた酒造業の姿、持続可能な地域づくりと大学教育などで大きな貢献をもたらす酒造業や日本酒振興の可能性、サステイナブルな社会経済発展への酒造業の役割、日本酒の文化影響力などといった日本酒の世界について、専門家と実務家の先生方によるご講演とパネルディスカッションの構成でお送りした。日常の世界で私たちを和ませ、神事や儀礼のような非日常の神の世界で、私たちを気高く律してくれる日本酒は、今までも、これからも私たちの生活や文化、価値観をつくってくれる存在感であるとともに、サステイナブルな世界をもたらしてくれるものである。本日のシンポジウムから、この日本酒の世界を知ることで、本当の意味で腑に落ちるサステイナブルな社会への道筋を少しでもみなさまに示すことができたなら、主催者として大変嬉しく思う」と述べ、関係者の方々に感謝の言葉を送り、シンポジウムを締めくくりました。

 

COPYRIGHT © UNIVERSITY OF HYOGO. ALL RIGHTS RESERVED.